エピソード2

 

 今日も目が覚めると、ちょうど日付が変わった頃だった。予定が皆無の生活においては、日と日の境界はまったく曖昧になる。ずっと滑らかに時が進んでいく感覚。寝て起きても、日が変わったという気はしない。もはや日という概念はなくて、昨日とか今日とか明日とか、すべて溶けてしまう。しかし便宜上の春休みの終わり、つまり封鎖された教室の代替措置であるオンライン授業の開始は、日一日と近づいていく。それがちょっとだけ憂鬱。

 四六時中明るい世の中になって、わざわざ太陽に依拠した枠組みにこだわる必要なんてないのに、もっと自由になれるはずなのにと元々思っていたから、この日常をひたすら非日常的につぶしていく感じは、けっこう楽しい。気ままというのとはちょっと違って、ただ漠然と楽しいのだ。

 成人に標準的な時間の睡眠をきっちりとったうえで真夜中に起きるという体験は、自堕落を極めているだけなのに、社会に抗うレジスタンスの気分にさせる。電気はつけずに昨日食べ損なったハムを冷蔵庫から取り出し、小学校を舞台にした学園ドラマの続きを見る。ちょうど僕が小学生の時に放送されていたもので、たまたま思い出して懐かしくなり、やすやすと見始めてしまったのだ。部屋に閉じこもるしか選択肢がない状況だからこそ、意味のない行動に至れるのだと思う。

 このドラマはやっぱり面白い。当時は気づくわけなかった社会や政権への批判が、露骨にセリフに表れている。ストーリーは本当に輪郭しか覚えていなかったが、一話だけ異常に記憶に張り付いていた。たぶんその回から見始めたのだったと思う。主人公の女の子はクラスメイトから総スカンを喰らい、陰湿ないじめを受けていた。それを見て、僕は「いじめ」というものの存在を知ったのだと思う。以後も僕にとっていじめは虚構のものであり、平穏な学校生活を送ったのだが、一人だけ妙に心に引っかかっている女の子がいた。

 

 小学校三年生の時、父親の転勤で生まれ故郷の大阪へ戻ってきて、最初に声をかけてくれたのがその子だった。二学期の途中という半端な時期に転校してきた僕を、みんなは優しく迎え入れてくれた。先生が男子のことも「さん」付けで呼ぶ風習や、でんつきという馴染みのない言葉には少しだけ戸惑ったが、毎日放課後に遊ぶ友達もすぐにできた。

 その子──仮にN子と呼ぼうか──は転校初日、終わりの会が終わって教室を出るタイミングで、「一緒に帰ろう」と要件を単刀直入に伝えてくるスタイルで肩を叩いてきた。断る理由というか発想もないので、互いの家の方向も知らないままに並んで歩き出す。

「漢字テスト、すごいね」

 何の変哲もない10月のある日に、自分以外にとってはいつもの風景でしかない漢字テストの結果に関して、彼女は賛辞を述べた。実はクラスの全員が僕の点数を知っていた。「○○さんは百点です! すごいわねえ」といきなり先生が発表したからだ。

「そんなことないけど」

「そんなことあるよ」

「そうかなあ」

「そうだよ」

 その頃から女の子の顔というものをどれだけ理解していたかわからないが、もしN子を可愛いと認識していたら、もっと饒舌になっていたのだろうか。徒歩3分とない距離の僕の家にはあっという間に着いた。彼女は僕に手を振ったあと、学校からの道を引き返していった。

 

 N子がクラスで浮いた存在だということはすぐにわかった。浮いたというより、正確には「沈んでいる」のだったが。N子はまぎれもない劣等生だった。黒板の端っこには宿題未提出者として常に名前があったし、テストも最低の出来だった(僕には人の点数を盗み見る癖があった)。体育もできないし、給食を食べるのも遅い。ほとんど誰とも話さない。だからなのか、彼女は僕に一縷の望みを託して話しかけてきたのだ、と血も涙もないことを今なら考える。

 N子に対していじめはなかったが、孤独をめぐるいじめの線引きは難しい。僕は仲の良い女の子たちと彼女の陰口を叩いていた。なんら妬み嫉みも抱かない相手の悪口など言う必要もないのだが、彼女はおもしろエピソードを僕らに提供してくれるのだ。

 一番面白かったのは──今思えばまるでたいしたことじゃないけど──腐ってカチコチになった大量のコッペパンが、N子の手提げかばんから発掘されたことだ。彼女はいつも隠れて給食を残していた。半分までは頑張ったもの、丸々放り込んでいるもの。自分ならどれだけ給食が辛かろうと、パンの祟りが怖くて絶対しないと思った。

 

 ある時、放課後に児童センターに遊びに行こうとして、N子がきれいなマンションの前で中学生としゃべっているのを見かけた。学校では目にしたこともない楽しそうな表情だった。彼女は学校外の人間に活路を見出しているのだろうが、中学生が彼女とつるむ利点がまるでわからなかった。その時かぎりのことだったのかもしれないが、妙に鮮烈な印象を与えた。

 

 僕が私立の中学に進んだあとは、とうぜん何の接点もなくなったけど、浪人生活の暇つぶしにフェイスブックを始めてN子と再会した。腫れぼったい一重瞼はその何倍もの大きさのぱっちり二重になっていて、加工済みの写真にはまったく面影がない。おまけに名字も変わっていて、僕はよく下の名前と出身校だけで判別がついたと思う。彼女は母親になっていた。

 N子を馬鹿にしているという自覚なしに馬鹿にしていたことなど忘れて、驚きのあまり勢いだけでメッセージを送った。

「久しぶり! 小学校同じだったN子やんな?」

「うん! 久しぶりだね~!!」

 僕が彼女のことを普通に覚えているのと同じく、彼女も僕のことを普通に覚えていた。「今何してるん?」「専業主婦やってる!」「結婚どころか子どもいるんやな~。びっくりした」「そうやで! 大変やけど幸せ!」といったプロフィールで知りうる情報を確認するだけのやり取りをしたあと、突如として僕は

「実は俺、童貞なんですよ笑」というカミングアウトをした。

「え!!? 嘘でしょ!??」

 男子校の人間にとっては結婚して子どももいるお前の方が百倍信じられないという感じだったが、N子の世界ではこの年でまだというのは衝撃案件だったらしい。

 文脈が総じて意味不明だろうに彼女は励ましの言葉をかけてくれたが、僕はそれからもしばらく童貞を守っていた。