〈margin〉

 

 白紙を前にして、人はたじろぐ。

 

 僕がはじめて手にしたノートには、几帳面にいくつもの枠や欄が配置され、機械的な文字が死んだように躍っていた。ゴルフのスコアブック。到底、想像力を掻き立てられるような代物ではない。運動神経の弱い父親が会社の在庫をもらってきたのだった(父がゴルフをしている光景を思い描くことはできない)。

 

 僕ははじめて手にしたノートに対して、会社の名前が印字された黒赤の二色ボールペンを揮った。緻密に設計された諸枠組を利用して、たとえば給食を食べるのが早い人ランキングなど、通っていた幼稚園の園児データベースを記録した。さらにおぞましいことに、当時から筋肉番付などの番組を好んでいた僕は「スポーツマンNo.1決定戦」を模した架空の大会を開き、普段は無邪気に遊んでいる仲間の順番付けをしていった。折しも小泉政権下で、新自由主義的な改革が断行されていた。

 

 僕がはじめて手にしたノートが自由帳であったら、そのような事務作業にとりかかることはなかったに違いない。僕の白紙にはあらかじめ線が引かれていた。書くことははじめから不自由だった。僕には落書きをした記憶がない。所定の場所に相応の記号を記入していくことから僕の書くことはスタートした。

 

 二十年近い歳月を経て、卒業論文には苦戦を強いられることになった。構想をまったく練っていなかったため、中間発表会では「書くことは一つの逆説」などとおどけてみせ、自分の白紙を正当化した。それから半年がたち、最終的には論文の形をした何かへの変貌を遂げた。実質的な執筆期間は一カ月だったが、最後の三日ほどを除いては、ずっと不自由な思いをした。線が引かれていない紙を前にしても、元来不自由なものは不自由だった。

 

 久しぶりにブログを更新しようと考えて、考えた末に思ったことを最初に書いた。世界の中に白紙は存在するのだろうか。おそらく、白紙は白紙のなかにしか存在しない──というか、白紙は白紙自身と一致している(白紙は白紙なのだから当たり前だ)。四方を見渡せば、事物が饗宴を催して騒々しい。"tabula rasa"の元となったギリシャ語が白紙を名指すことはなかった。グランマティオンとは書板のことである。

※白紙に戻そう遣唐使。白紙も白紙に戻せば白紙ではない。

 

 いつか素晴らしいことを書ける日がくることを信じていた。しかしながら、そんな日は訪れないのだ。訪れるとすれば死ぬ時くらいなもんだ。書きたいことは書けないのだ。書けたものだけが書いたものなのだ。怠惰な仕方ではあれ、厳命された「書く」という行為なのかそうでないのか不明瞭であるものと向き合った結果、書くことは書くことでしかない、書くことがすべてだと観念したに過ぎない。

  

書くことは速度でしかなかった

追い抜かれたものだけが紙の上に存在した

 /寺山修司「事物のフォークロア

 

 事物は書くことでしかないならば、書くことも書くことでしかない。対象は存在していない。書くことは逆説などではなく、同語反復なのであった。

 

 僕の勉強机の周囲からは、なぜだかアンモニア臭が漂ってくる。 白紙がすごい速さで朽ちていくとき、追い抜かれたものどもは規格化された距離を保っていじらしく、身を寄せ合っている。紙は書くためのものではない。何か(それは他ならぬ白紙であるかもしれない)を包み隠すために存在する、そうに違いない。

 そうであってほしい。(是非とも!

 

 

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ゲーム

 

 小学生から中学生にかけて、「パワプロクンポケット」というゲームが好きで、よく遊んでいた。「パワプロ」といえば野球のゲームであることは、やったことがない人でもなんとなく知っていると思う。ただ「パワポケパワプロクンポケット)」シリーズのメインは野球にはなくて、シリーズ全体を貫く濃密なシナリオにある。だから毎年のように収録選手が更新され、新たなソフトが生まれるパワプロにはありえない、シリーズ完結という事態が発生した。それはもう9年前のことだ。日本が大きな危機に直面することになった、あの年である。

 このゲームには色々なモードが収録されているのだが、なんといっても本丸なのが「サクセス」という架空の野球選手を育成するモードだ。パワポケ自体がパワプロシリーズから派生した作品であり、特にサクセスはガラパゴス化のように独自の発展を遂げ、およそ全年齢対象には相応しくない次元で、恋愛や裏社会といった大人のロマンが凝縮されたモチーフが開花していった。ゲーム自体はマルチエンディング形式なのだが、すべての作品は共通するひとつの世界で展開されていることになっている。それでガンダムなどのオタクコンテンツと同じく、愛好家たちによって「正史」が構築される。

 ぼくは特に「9」が好きで、というより一番長くプレイしたのがそれで、小学生の頃、友達の家にみんなで集まって、おのおのが黙々とサクセスを進めるという遊びをよくしていた。ひとつ同じ部屋で、ときに誰かが快哉を叫び、また誰かが怒号を、悲鳴をあげていた。おのおのが自らの分身に命を懸けて向き合っていた。友達のお母さんから見て、微笑ましい光景に映っていたのだろうか。ぼくらは塾で成績を競わされる環境に置かれていたが、ゲームで競うことはしなかった。ただパワポケの世界に浸っていたのだった。

 

 サクセスの基本的な進め方はコマンド式で、一週ごとの主人公の行動を練習やうろつき、デート、回復などから選び、それを毎週おこなっていく。とった選択にしたがって、またランダムのイベントも発生して物語は展開され、だいたい3時間程度で一回のサクセスが終わり、一人の選手が完成する。大筋は毎回共通しているのだが、主人公の彼女候補や仲間はバラエティに富み、誰と重点的に付き合っていくかによって違った物語が用意されている、といった具合である。

 こんな風に、現実の世界と同じように週ごとの行動を選択し、生活を送っていくというシステムが、ぼくがハマった要因だったと思う。各作品で舞台は異なるが、シリーズは高校野球編、プロ野球編、社会人編を繰り返していて、高校、プロの期間はいずれも3年間、時間の単位は週が基本になっている。

 「9」は社会人編で、時間の単位が「日」だった。つまり、4月8日、4月9日、4月10日……という感じに、毎日の行動を選んでいくシステムが採用されていた。それまで1・2しかプレイしたことがなかったぼくにとって、週ごとでないのは新鮮だった。週ごとより日ごとのほうが作中世界の生活を体験している感じがリアルで、楽しかった。

 今思えば、この頃から「毎日」をスケジューリングし、大局的に日々を練り上げていく習慣は作られていたのだ。そういえば、塾では宿題をどのようなペースで進めるか、という予定表を作成させられていた。発達の過程で、人間の生活のしかたは管理されている。フーコーでいうところの〈規律-訓練型権力〉である。

 

 もっと遡ると、小学校低学年の頃は、「ぼくのなつやすみ」というゲームが好きだった。父方の祖父母の家にプレステが置いてあり(祖父はいわゆる「ゲーマー」だった!)、お盆と正月にその家を訪ねては、辺りは凡庸な住宅街で公園で遊ぶ以外にすることもなかったので、ぼくはゲームに興じた。小さい時分で複雑なものは理解できないので、直感的に楽しめる「チョロQ」と、なぜか「ぼくなつ」を主にプレイしていた。

 ぼくなつはタイトルがすべてを説明していて、小学生の「ぼく」が夏休みの一月を地方の親戚宅で過ごす体験をするという、実にほのぼのした内容のアドベンチャーゲームである。大人のノスタルジーがふんだんに詰め込まれた傑作ではあるが、当の「なつやすみ」を知らない幼き日のぼくが熱心にプレイしていたのは、ちょっと奇妙な感じがする。加えて皮肉というか悲劇というか、なんせ貴重な夏休みの期間を、ぼくは「なつやすみ」という虚構に当てていたのだ。とはいえ、べつに夏休みかくあるべし、という規範を埋め込まれたわけでもなく、実際に田舎に行きたいと言うことは一度たりともなかった。ただ、このゲームをやっていた思い出はしぶとく残っていて、大学に入ってからは学内のプログラムを利用して離島にしばらく滞在し、密かに「リアルぼくなつごっこ」をしている気分で過ごしたことがある。

  ぼくなつの世界でも、8月1日から8月31日までを日ごとに過ごしていく。一日のなかでは時間も流れていて、フィールドを走ったり自転車を漕いだり海を泳いだりして場所を移動し、場面が切り替わるごとに画面内の時計が進むシステムになっているのだ。一日の終わりには絵日記を付けることを忘れてはいけない。時間の経過を多分に意識させられることで、このなつやすみが終わっていってしまう、という感覚をリアルに味わうことになる。

 ぼくの時間に対する過剰な意識は、ゲームを通して研ぎ澄まされていったのではないだろうか。それは当然、こうしたゲームの内在的なシステムに加えて、母親という権力下の厳格な制度、非情な通達によって育まれたものでもあろう……。

 

・・・

 

 大学4年生になったぼくは、院試や卒論、そしてちょっとしたロマンスの奔流に身を委ねるままに、わりとせわしなく半年を過ごした。時間がないのではなく、文字通り心をなくすという意味で、穏やかでないことが多かった。これからもきっとそうなのだろうと思う。少なくとも卒業が確定するまでは、それにまた来年からは大学院に通い始めるし、これまで以上に険しい日常が待っているような気がする(きっと想像した以上に騒がしい未来!)。

 先月の前半に院試が終わり、年齢が更新された日に合格通知を受け、実家の引っ越しに立ち会うために帰省し、その間も卒論のことで心を蝕まれつつ何もできず、ゼミでの指導会があり、焦り、焦り、月末には趣味の締め切りなどもあり、また身動きできない状況に追い込まれてしまい、授業内での卒論構想の発表がやっと終わったのが一昨日のことだった。

 ぼくは疲れていた。行動はせず、ただただ気を病むことに専心していた。進捗は決して芳しくないがいったん落ち着こう、あえて落ち着いてみようということで、その日の深夜からはゆっくりと小説を読んだり、最近始めたタバコを吸ってみたり、通して聴いたことのなかったアルバムを聴いたり、昔いちど読んだきりだった歌集を捲ったり、『耐え子の日常』というアニメを観たりした。こんな風に、誰が読むかもわからないブログで生活状況を事細かに記してしまったのも、自分がやったことを確かめることで落ち着きたい、という気持ちがあるのだろう。Take your time, take my time!

 

 翌日、昼過ぎに起きてごはんを食べてから、夜の予定まで結構な時間があった。何をすることもできる。目についた本を読んでもいいし、授業の予習をしてもいいし、卒論関連の作業をしてもよかった。でも、なんとなく退屈だった。一区切りついたのだし好きなことをしてよかった、でも何をすればいいかわからなかったし、本当はすべてしたいけど今したいことはわからなかった。そもそもこの発想は良くないのかもしれない。何をしてもいいということは、何をしなくてもいいことでなければならない。結局、いつのまにかぼくは眠っていたのだけど……。

 するべきことがあってもなくても倦怠してしまうのは、きっと人生自体が大きな義務を負わされているからだ。漠然とした幸福な人生であるとか、充実したライフストーリーであるとか、ラカンがいうような〈楽しめ!〉という超自我であるとか。ゲームのようにコマンド式でその都度その都度の最善の行動を選択し、おこないを積み重ねていくことができたなら、どれだけぼくの人生ははかどるし、成果をあげられるのだろうと考える。世の中には実際にそのように過ごせている(ようにぼくには見える)人がたくさんいるし、ぼくはよくみじめな気持ちになる。

 

 「今のぼく」が「今後の現実のぼく」を操作して、その人生を観察するという構図を想像してみる。プレイヤーはぼくだし、操られているのもまたぼくで、プレイヤーとしての成功と、ゲームの主人公の成功は同じことだ。その時、生きているのは誰なのだろうか?

 

 ネオリベ社会の犬になることは避けたい、それでいて定量的な成果に「価値」観を支配されているぼくたちは、どうしたら袋小路から抜け出せるのだろう。するべきことがあってもなくても、何かをしなければならない。してもしなくてもいい、それが少年時代ではなかったか。いや、考えるまでもなく、何かをしてしまっていたのだ。今のぼくは、しないこともできる。しかし、する方が好ましい(とされている)なかで、あえてしないことを選ぶ勇気があるのか? ぼくたちにはそれがないのだ。なんもしないにあこがれ、幻想を抱きつつ、そうすることは決してできない。幸か不幸か、ぼくはまだ健康である……。

 

・・・

 

 パワポケのサクセスでは、たとえば「うろつく」コマンドを選択しても何も発生しないことがあるし、体力がマックスなのに誤って回復コマンドを押してしまい、一日が一週が、無為に経過することがある。

 

 父の実家はもう住む人がいなくなり、ただの物置と化している。父親の大量の本が眠っている。そこで流行りの古民家系のブックカフェ&塾なんかを開いて暮らせないかしら、とか夢想するけど、あのプレステはどこに行ったのだろう。

 

 ぼくがプレイしていたぼくなつのソフトは、いつのまにかディスクに小さい傷が入ってしまっていて、ぼくが家から一歩も出られなくなるバグが発生していた。だから二階と一階を往復することでしか一日を終わらせることはできない。

 

・・・

 

 あの夏にぼくなつをプレイしていた「あの」ぼくが「この」ぼくであることが、ちょっとだけ可笑しい。一息に言ってみると、もっと可笑しい気分になった。

 

感情の剥落

 たった今まで、僕はある一つの気分に憑りつかれていた──「憑りつかれていた」と言えば、それがさも悪いものであったかのように思えてしまうが、そうではない。ならば、一つの気分があった、というに留めておく方がよいだろう。ある一つの気分があった。

 その気分とは、次のようなものだ。感情が、ない──。最近の生活からは、感情が抜け落ちている。そのような考えこそが、ほかならぬ今の感情なのではないか、という指摘ができるかもしれないが、あくまでそれは気分であって、感情とは異なる──僕はそう思う。気分と感情、語の使い分けに厳密な規則があるわけではないが、僕の中では、そのようにいうほうがしっくりくる、すっきりする、といった程度のものでしかない。言葉とは元来、そういうものだろう。なんならここで一度、意味もない言葉を叫んでみたっていい。(ご自由にお好きな言葉を。)

 感情がないという気分があるとき、とはいえ、感情はある──僕はそうも思う。感情はある。では、この気分を正確に表現することを試みれば、次のようになるかもしれない。感情、もしくはこの際気分でもいいが、そういう類のものを経験する(経験するとは「かえりみる」と言い換えた方がいいだろう)こと自体に、何らの価値も置けなくなっているということだ。感情に価値がない、人が感情を感情として認識するのはかえりみることによってでしかないから、正しくは感情を経験することに価値がない、という気分が僕を襲うとき、その源は「目的」であろう。目的は人生最大の伴侶にして、獅子身中の虫である。

 

 人は目的から逃れることが、なかなか難しい。人といって格好つけてみたが、僕個人の話である。僕は僕個人の話しかできない。僕は目的から逃れられない。意味がないと生きていけない。僕は永年、人生の意味なるものについて考えあぐねてきた。いつも至る結論は同じで、その過程自体を楽しむことしかできない、というありふれた、余りにありふれたある種のオプティミズムに一瞬の猶予を得る、だけだ。ダンスを踊れと言われて自由に体を動かすことができないように、人は楽しむということがよくわからない。だから、その都度その都度で目的を仮固定することを必要とする。

 僕は大学生活のある時期から、意識的に目的から離れるようになった。目的は僕を苦しめるという直観を引き受けることにしたからだが、それはただ、「ケチくささ」に起因するものだ。目的がある限り、人は己のケチくささと向き合うようになる。余白を可能な限り削ろうとし、蕩尽することがなくなる。目的に寄与しない事柄を遠ざけるようになる。僕の場合は、目的を信仰することもできず、したくないことはしない、かといってしたいこともしない、という状況に陥るようになる。そうして、ある一つの気分──メランコリー、陰鬱に迎えられる。

 その陰鬱に、今は襲われていたのだろうか。感情がないという気分、認識。今月の初旬に大学院の入試があり、先月から徐々にこの目的を意識させられてきていた。直前になってやっと踏ん切りがついて淡々と勉強をし、試験は無事に終わり、今度は卒論という目的が顔を出してきた。そのような背景がある。

 

 無目的というポリシーを抱くようになると、したくないことはしない、したいことはする、という行動指針が明確化される。ベンヤミンボードレールにそのイメージを見出した、都市を観察し、歩き回る遊歩者──フラヌールのような暮らし方が楽だ、という発想である。目的はないが、意味はある。意味を前もって定めるのではなく、おのずから発生するに任せる。そのこと自体が目的化しているという見方もできるかもしれないが、遊歩は目的それ自体ではないと思うのだ。目的のための手段でも、目的そのものでもない第三項──目的のない手段の台頭である。

 安穏な生活、という風にいえるとも思うが、心が満たされるわけではない。やはり、空虚は空虚である──目的がないのだから。その空虚さを肯定的に引き受けられないと、遊歩は始まらない。たちまち目的の方へ吸い寄せられ、仮固定し、再び厭気が差し、逃げ出す。その繰り返しこそが人の歩みに他ならないと、またしてもありふれた、余りにありふれた人生訓が頭をもたげる。

 そこまで把握したうえで、これから三カ月半あまり、卒論と格闘しなければならないのだろう。もっとも、今の感情の剥落は、卒論は一年がかりで取り組むもの、というTAのアドバイスを読んだことがきっかけなのだった。

 

 

 

楽しい話ができるようになりたい ゆうひんを。

舞い踊る

 左、右にすれ違う人間をかわし、レゴブロックがそのまま巨大化したようなアパホテルを小馬鹿にしていると、橋、あるいは橋の上に着く。花が置かれ、供物のペットボトルがまた新しいものになっている。どこかしらの飲み屋から退出してきた男女五人組のうち、二名ほどが千鳥足、自分が属する団体以外の成員の千鳥足ほど不愉快なものはない。これは贔屓目の類ではなく、酩酊状態でないとあのステップが持つ芸術的センス、はわからないということなのだろう。

 かような(少なくとも、今この瞬間千鳥足をとっているという点において)どうしようもない人間も、彼らにとっての自分は何を差し置いても守りたいもの、慈愛の対象であり、執着の住処である。当然、わたしもわたしにとってだけ最重要であることは同じで、わたし以外にとってはどうだっていい。ということを思っていると、草だな、と感じた。草味がある。わたしにとって彼らはどうだっていいし、彼らにとって私はどうでもいい。でも、わたしにとってわたしは、彼らにとって彼ら自身は。そのことが、なんとなく、草だった。

 あるいは、過度に現代的な言い方を改めれば、仏教学者の鈴木大拙が好き好んだ「妙」「妙味」といった言葉で表せよう。そう、草=妙とみなしてほとんど問題がない。一週間前、わたしは確かに「生きているだけでいい」と何度も反芻しながら、三世紀以上にもわたって戦禍を免れた都市の石畳を踏みしめていたのだが、あろうことかかくモメントにおいては、絶望的な気持ちで千鳥足に不快感を催していたのだった。

 

 「生きているだけでいい」と恒常的に思えれば、どれほど楽なことだろう、と誰しも考えたことがあるようで、むしろ「生きているだけでいい」という価値判断は不当であることが自明視されているような世の中だから、そう素朴に思うことがそれほど馬鹿げたことではない、と確認した上で、このテーゼを提示してくれたのが、わたしが極私的に契約しているコンサルだった。このテーゼは、特に精神的、肉体的に窮まっている時こそ真価を発揮する。苦しい時、生きているだけでいいじゃないか、と思えれば、きっと苦しまずに済む。しかし、身も蓋もない結論をあっさり言ってしまえば、苦しい時というのはそう思えない状態のことで、そう思える状態は、苦しくない時なのだ。わはは! とはコンサル。

 

 ほんの一週間前、わたしは「生きているだけでいい」と細胞のうじゃうじゃが唸っていたのに、上下二本ずつの線路が望める橋の上に立っているではないか。大なり小なり躁鬱は毎日、温泉の男女の湯が定期的に入れ替えられるように、襲ってくるもんで、と精神状態を冷静に分析することも可能なのだが、それ以上に、先のテーゼが人生哲学のようなオーソリテイをなんら纏わず、単なる(あなたの)感想(ですよね)、所感の域を出ない代物であることが発覚したのだ。そう、単なる所感だった。

 金沢でスズキをフランス料理の文脈においた逸品をものし、フリーノライター(無料のブログをやっているから嘘ではない)を騙ってカウンターで店員を口説いてから、翌日に鈴木大拙館を訪問した、束の間のバケーションを愉しんだ、ことが最たる要因だったことは疑いようがない。大拙西田幾多郎から「行雲流水」な人だと寸評されていたことを、館のパンフレットで知った。中学受験ぶりくらいに目に触れた行雲流水に少し高揚し、すると「生きているだけでいい」という所感は、まさしく自然と一体化する(自然と人為という二項対立を崩す)ことなのだと直観した。

 

 ──で、あるならば。千鳥足とは、行雲流水の精神を体現しているのではないか。わたしは即座にワンカップ小関を掻っ食らい、彼らの舞踏会へ凛然と向かっていったのだった。

 

 

 

 

 

 

語りえないもの、語りえるもの(彩冷える)

 

 出がけに開けっ放しにしていたカーテンを閉めて、ほんの少し落ち着きを取り戻した。やっぱり夜はカーテンを閉めていないとそわそわする。いけないことをしている、という感じがする。でも、昼はカーテンを閉めていたって多少の光は入ってくるのであって、夜はまったく真っ暗になってしまうのであるから、むしろ夜の方がカーテンを開ける必要性は高いんじゃないかとも思います。わたしはいつも部屋を真っ暗にして眠ります。それができていないから、からだの調子が最近は悪い。

 ごはんを食べて、おくすりを飲みました。味は特にしない。……水の味。これすなわち薬の味。水道水の味よ。拝啓 東京23区の水の味はどうですか? お父さんは最近、太陽のマテ茶に熱中しているそうです。若い頃を思い出すって、嬉しそうに話すのよ。 敬具 父は、ひそかにブームを先取りしていたことに誇りを持っているのかもしれません。ところで、女の子のうちに行くと、たいてい色んな種類の錠剤が置いてある、ということが世間一般にはあると思います。わたしは見てはいけないものを見てしまったような、そんな気がして、二三粒、クッピーラムネと交換しておく。さすがに気づくやろってことで、せめてものやさしさでまだ見分けやすい部類のラムネにするのです。

 今日はずっと音楽を、サウンドクラウドにある素人の音楽を、繰り返し何遍も再生していたので、もう音楽には飽きました。・今日発見したこと。音楽を聴きながら読書をする、ことに関して。勉強中に音楽を聴くべきか、聴いてよいのか、というためらいを経験したことは多くの方がおありなんじゃないかと、むしろ勉強しながら音楽を聴いているんじゃないかと、ぐらいの力量配分でどうしたものかと? 本を読みながら音楽を聴くのは、単にうるさいとか耳障りとか気が散るとかそういうのではなく時間の流れを規定されてしまうこと拘束されてしまうこと、たよたうように読むことができなくなってしまうこと、があなたの不幸の原因だと考えました。

 ・昨日発見したこと。ずっと起きていると、生きるのに飽きてくる。絶大な、甚大な、観念・オブ・ミュージック。これは暇、倦怠、退屈などとは性質を異にするものです。「ああ、生きるの、飽きてきたなあ」「蝉の季節が終わった」ときぐらいのしみじみさ加減で、心中を吐露するならば、こうなるということ。いま生きているということ。飽きるということ。飽きがきてはじめて、今まで生きてたんやということを実感するわけ。わたしながらよくある論法だわ、つまらんわぁと思います。

 

 わたしは無能だ。人から無能と言われたことがあるわけではない。もちろん有能と言われたこともない。あるのは「美少年」だけ。美少年の語ることだけがほんとうであるようにも思うけど、手越祐也は嫌い(スナワチ彼ハ美少年デハナイトイウコトデシヨウ)。高校一年生の時、高校から入学してきた新参者に廊下でのすれ違いざま、にたついた顔でひとこと「ビショウネン」と声を掛けられた。当時のわたしは童顔であることに結構なコンプレックスを感じていたので、あまりいい気分はしなかった。いまとなっては人生で誇れるエピソード三指には入ります。

 だからって無能が赦されるわけではないから、まったく世知辛いものです。

 

 

 ──わたしのお手製日記帳は、だいたいこんな感じで黒く染まっていきます。

世界××前仮説

 

拝啓 このブログ読んでいるあなた

は どこで なにをして いるのでしょう? 

 

 

世界射精前仮説/後藤輝樹

 

自意識、はございません

性欲、はありません

固有名には自信があります

千本ノックが終わる

夏のナスカの地上絵で

ふりさけみれば 春日なる

八宝菜を聖別し 猫を逃がした

明日は八時起き

 

咽喉科の受付が

今日もゴジラを撫でている

陽射しがだらだらといつまでも

練習に赴かず僕は笛を鳴らす

たくさんの思い出をつくりましょう

た・と・え・ば

ブラックタイガーを食すとか。その様子を動画に撮るとか

その動画を晒すとか。安田と武田を舐めるとか

舐り尽くすとか

 

誰もいない教室であの女のリコーダーを

ジェット噴射を知った日に

  僕ははじめておねしょをした

四方山話に花が咲き 三日見ぬ間の桜かな

「道なき道でも進もうよ」

 

くちびるには歌を 勝者には死を

しからずんばチコちゃんを 捧げます 享年五

 

発生原因のわからない

ルウズリイフの穴を覗くと

 ただ 空洞だけが あったと云ふ

今昔物語の一説を 意気揚々と語る

国語教師は非童貞 

 

悪気はなくとも義理はある 新高円寺の商店街

もう飽きてしまったのかい

それとも、君のメイクは濃すぎたのかい?

チキンの基央の声真似をして

中学生はおがくずと化した

人工知能を信じるなゴミめが

 

あるみかんの上にある、あっけらかんとしたラカン

ジャック・デリダと戦争し

ごまめの歯軋り

 

 

 

 

 

 

 

結婚しました

 柴田聡子の曲を聴いていて(小学生の頃は「聡」と「聴」という字の見分けがつかず、聴くだなんて人の名前に似つかわしくないなと思っていた)、いつもは見ない歌詞の画面を見ていたら、やっぱりこの人は詩人だ! と雷に打たれたような気がして、落ち着くために席を立って窓辺から住む街を見下ろして浸ったりしてみたところで粗方落ち着いてから、聡子を真似して歌詞のような詩のような言葉を産出したいと思ったけれど、わたしには無意味っぽい言葉を計略的に配置する芸当などとてもじゃないけどできん、びえん、と哀しくなった。

 だから今日のできごとをふつうに書くことを決めたよ。

 わたしはどこまでいってもふつうだろうし、そう自覚することでなにが気持ちいいわけでもないが、わたしがわたしをふつうだと思うふつうな感性はかんたんには変えられないし、ふつうを取り柄に生きていくしかない。

 それにしても聡子はすごい、それにつけてもおやつはカール。わたしの髪型は王道ショート。二番、ショート、坂本勇人。そうです、プロ野球は明日開幕するのです。待ちに待った夏休みって、経験したことがあるのだろうか。夏に期待を抱いたことなどあるのだろうか。男の子と女の子がどこか遠くへ行くという夏、それだけの夏、それだけでしかない夏、それだけでしかない夏が懐かしい。

 気温はもう夏真っ盛り、アイスコーヒーを飲むとカフェインに脆弱なわたしは躁鬱を発症してしまうので、セックスをすれば実質キメセク、と彼氏に言ったら笑ってくれました。彼氏はやさしい、けどふつう。ふつうだけどやさしい、野菜一日これ一本を毎日飲むのが習慣、わたしへのラインは三日に一回。しりとりをすれば一回目でアウト。ふつうの感覚を維持するのも大変らしく、いつも言葉の出力に気を遣いすぎている。わたしはふつうだから、何をいってもいいというのに。そこがかわいい。ふつうにかわいい。ふつうってなに? とふつうなことを思っていると、わたしが入店したときに外国語のテキストを優雅に眺めていた女のひとはまだ優雅だった。

 ここは自習室のような感じがする。なぜだろうとすこし考えると、ひとりぼっちの客しかいないからだとわかった。というか長期滞在前提で、わたしたちをこの一角に集めてくれているから会話の反響は店の三分の二のエリアに集中している。今月オープンしたばかりで可動式の机がひろびろと並べられているこの部屋。

 ふつうのわたしが、唯一、ふつうじゃないがんばりでふつうじゃない成果を収めたのが大学受験だった。だから自習室とか連想してしまうんだろう。目の前に開かれている本は何を主張しているのだか、啓示しているのだか、ちんぷんかんぷんでまたまた幼い頃に読まなかった童話を思い出して罪悪感が差してくる。決して聡明ではないけれどまじめにやっていたらいいこともあるもんで、そんでもって一流大学に入ったけどそこにはわたしよりまじめな人しかいなかった、だから心を崩して二年間の休暇をとったけれど、今はあくせく卒論の準備を進めている。

 そんなことより聡子の歌声はかわいい。人間は顔を褒められるのが一番嬉しいに決まっている、と伝票のうらっかわに書きつけることがわたしにできる最善のこと。ホメオスタシス、褒めるスタンス。帰りに切れかけていた、というかすでに切れていたボディソープを買わなければいけない。わたしのうちのボディソープは、彼氏のうちのものと同じである。