結婚しました

 柴田聡子の曲を聴いていて(小学生の頃は「聡」と「聴」という字の見分けがつかず、聴くだなんて人の名前に似つかわしくないなと思っていた)、いつもは見ない歌詞の画面を見ていたら、やっぱりこの人は詩人だ! と雷に打たれたような気がして、落ち着くために席を立って窓辺から住む街を見下ろして浸ったりしてみたところで粗方落ち着いてから、聡子を真似して歌詞のような詩のような言葉を産出したいと思ったけれど、わたしには無意味っぽい言葉を計略的に配置する芸当などとてもじゃないけどできん、びえん、と哀しくなった。

 だから今日のできごとをふつうに書くことを決めたよ。

 わたしはどこまでいってもふつうだろうし、そう自覚することでなにが気持ちいいわけでもないが、わたしがわたしをふつうだと思うふつうな感性はかんたんには変えられないし、ふつうを取り柄に生きていくしかない。

 それにしても聡子はすごい、それにつけてもおやつはカール。わたしの髪型は王道ショート。二番、ショート、坂本勇人。そうです、プロ野球は明日開幕するのです。待ちに待った夏休みって、経験したことがあるのだろうか。夏に期待を抱いたことなどあるのだろうか。男の子と女の子がどこか遠くへ行くという夏、それだけの夏、それだけでしかない夏、それだけでしかない夏が懐かしい。

 気温はもう夏真っ盛り、アイスコーヒーを飲むとカフェインに脆弱なわたしは躁鬱を発症してしまうので、セックスをすれば実質キメセク、と彼氏に言ったら笑ってくれました。彼氏はやさしい、けどふつう。ふつうだけどやさしい、野菜一日これ一本を毎日飲むのが習慣、わたしへのラインは三日に一回。しりとりをすれば一回目でアウト。ふつうの感覚を維持するのも大変らしく、いつも言葉の出力に気を遣いすぎている。わたしはふつうだから、何をいってもいいというのに。そこがかわいい。ふつうにかわいい。ふつうってなに? とふつうなことを思っていると、わたしが入店したときに外国語のテキストを優雅に眺めていた女のひとはまだ優雅だった。

 ここは自習室のような感じがする。なぜだろうとすこし考えると、ひとりぼっちの客しかいないからだとわかった。というか長期滞在前提で、わたしたちをこの一角に集めてくれているから会話の反響は店の三分の二のエリアに集中している。今月オープンしたばかりで可動式の机がひろびろと並べられているこの部屋。

 ふつうのわたしが、唯一、ふつうじゃないがんばりでふつうじゃない成果を収めたのが大学受験だった。だから自習室とか連想してしまうんだろう。目の前に開かれている本は何を主張しているのだか、啓示しているのだか、ちんぷんかんぷんでまたまた幼い頃に読まなかった童話を思い出して罪悪感が差してくる。決して聡明ではないけれどまじめにやっていたらいいこともあるもんで、そんでもって一流大学に入ったけどそこにはわたしよりまじめな人しかいなかった、だから心を崩して二年間の休暇をとったけれど、今はあくせく卒論の準備を進めている。

 そんなことより聡子の歌声はかわいい。人間は顔を褒められるのが一番嬉しいに決まっている、と伝票のうらっかわに書きつけることがわたしにできる最善のこと。ホメオスタシス、褒めるスタンス。帰りに切れかけていた、というかすでに切れていたボディソープを買わなければいけない。わたしのうちのボディソープは、彼氏のうちのものと同じである。