やしん

 深夜になんとなくフェイスブックを見ていたら、友人の何気ない投稿がわりと衝撃的な内容のことを言っていた。

 「明日レディクレ出ます」

 邦ロック好き、特に関西の人間にならその衝撃がよく伝わると思うけど、『RADIO CRAZY』という年末のロックフェス。寒い季節なので当然屋内型で、一般人が想像するようなザ・フェスとどれほど近いのか知らんが、様々なステージで同時に有名ミュージシャンが入れ代わり立ち代わりライブする、という形式は同じ。そのタイムテーブルには、たしかに彼らのバンドの名前がある。

 彼らが立つのはメインステージではないが、いわゆるネクストブレイク的な枠のステージ。調べてみたら数年前の未確認フェスティバル──ネットのニュースでは音楽の甲子園なんて称されている──でグランプリに選ばれて、百万円の賞金を獲得していた。五人で割ったら一人二十万、とかつい計算してしまうけど、彼のインスタを見たら二年前にクルマを買っていた。財源は不明である。

 すぐにYouTubeで曲を聴いてみたら再生回数が一番多いやつにまんまとハマって、他の曲では自分の地元──すなわち彼の地元──の公園でMVのロケをやってて、誰に自慢するわけでもなく「俺あの公園であいつと遊んだことあんだよ」って言ってみて、小学生なんて自他の境界も他者の区別もそんなにない(そんなこともない)から普通なんだけど、そういえば玉の井公園で総勢30人ぐらい集って野球した日もあったよな、あれは何だったんだろう──野球という競技を超えて──などという回想に耽って、繰り返し彼らの曲を聴いた。もう朝と呼んで差し支えない時間帯になっていたから母親に動画のリンクを送ったら、母親も地元の風景にさすがに気づいたらしかった。彼がいるんだよと教えると、たしか妹と弟がいるよねと情報を加えてくれたけど、ソースは不明である。

 

 それにしても感動した、いや感激した、感激したなあ! あの公園、引っ越してきた暁には近所にわりと本格的な遊具のある公園があって喜んだあの公園、あの公園がミュージックビデオに出てくるとはねえ! 感動したよ、感動と感激ってどう使い分けるのかあんまりわからんけど──だって普段生きてても稀有だもん──感激した! でもそれだけじゃない、その感○だけじゃない、そう手放しに感○できない自分もいたのだよ。学校ならびに塾でも机を並べた彼が、中学のときにメールでBUMPの話をした彼が、人気バンドのスターダムへと着実に駆け上がり始めているとはねえ! すごいねえ! と同時に、彼が作詞作曲やボーカルを務めているわけではないと知って少し安心しちまったんだよ……。別にそれ以外の役割のメンバー蔑視じゃない、決してそういうつもりはないんだけど、どどどどど。そういう「創作」の才があって、かつ評価もされているのが彼だったとしたら、きっと嫉妬してたと思うわけ。まあこの葛藤を経験したのは彼らの曲を聴く前で、聴いてみたらほんとうにいい曲で素直に心を掴まれてしまって、超越的な存在に対する崇高みたいな感じってこれかあと思ったわけなんやけど。

 

 同世代、まあ特に同年齢の人間の活躍が目立ち始めるのは、精神衛生上あまりよろしくない。今に始まったことではないけど、置いてけぼりにされるという感覚、水をあけられるという屈辱、その他もろもろの感情が集合して憂鬱になってしまう。たとえば今年の文藝賞はW20代受賞を喧伝しているけど、何らかの賞の発表があったり本を読んだりするといつも書き手の当時の年齢を気にしてしまう。そして、自分に何か「言える」日なんて来るのかなあ、と漫然と思う。

 一方で、最近読んだ時間についての本では著者が高校と大学の間に三年間の空白があったと述べており、それでも立派に研究者をやれてるわけだから俺もわからんよなあと勇気をもらったり、順風満帆なキャリアを歩んできたと思っていた人が実は留年経験者(修士だけど)と知って安心したりもする。

 自分は人生を無駄にした。バンドマンの彼であれば、動画のコメント欄によればメンバーは同じ高校らしいから、結成から早8年──僕は浪人、留年してる間に年を食っちまった──であるし、その歳月を考えると日の目を見るのはなんら時期尚早でなくむしろ妥当、頑張りの証であると思えるし、彼らには野心というものがあるのだろうかと考える。

 

 「きみには野心が足りない」

初夏に川上未映子の──彼女が純粋悲性批判を書き出したのは27歳のとき──新刊を読んでいて、この章題にめぐりあってはっとした。ぼくには野心が足りない。僕に欠如する最たるものはきっと野心としか呼びようのない、そんなものだと思うことにした。能力でなく。

 野心といったら『赤と黒』のジュリアン・ソレル、あるいは『"赤"紙』という曲で「病的なほど強い野心」を父親から受け継いだと歌っている"黒"木渚を連想する。ちなみに僕のパーソナルカラーは青と黄色だ。

 根拠は不明である。

 

 


YAJICO GIRL - いえろう[Official Music Video]