きっかけは、コロナ襲来。

 

以下の文章は2020年3月27日に書かれたものです

 

 "コロナウイルスの拡大を受けて、ツイッターのタイムラインがいつもにも増して騒がしくなっている。そこでは政治、経済、科学、医療、陰謀論などのトピックがかまびすしく叫ばれ、いったん落ち着いてくれ、とスマホを握る手で念を送りたくなる。

 各々のツイートには有益なもの(専門家の記事や公式資料など、エビデンスに基づくもの)もあるだろうし、個人的な悲劇(経営者や農家、販売員など)、政権に対する悲痛や皮肉、また煽り煽られる人々に対するメタ皮肉とでもいうべきものまで、まさしく玉石混交だ。

 僕が区切りを設けている「この」騒動(おそらく多くの人と共通した認識)は、いまのところたった3日間の出来事だ。3日前、東京オリンピックの最大1年の延期が発表された。2日前には、東京で新たに40数名の感染者が発生したと公表された。それに伴い、東京都知事は緊急会見で都民への「外出自粛要請」を呼びかけた。営業を再開していた文化施設や商業施設も、急遽週末の対応を迫られることになった。このあたりの正しい情報はニュースサイトを見てもらいたい。また、政府が経済対策として案出した「和牛券」の配布は痛烈な批判を浴び(戦後の配給制を持ち出してくる風刺まであった)、これらを含めた政府の動きに、ここぞとばかりに反発の声が上がっている。

 

 端的に言って、今の僕は困惑している。立往生しているといってもいい。自分がどういう行動をとればいいかがわからなくなっている。切実に生き方を問い直されているような気さえする。いったん落ち着くため、コロナ周りの経過についての個人的な感慨を振り返ってみる。

 武漢という耳慣れない地名を認識し、そこに端を発するウイルスが徐々に国外へと拡大し始めた段階では、MARSやSARSの再来で、これがまた地理の問題の題材に使われるようになるのかぐらいの、今生きる時代が歴史となり、過去とリンクするような妙な浮遊感があった。非現実なセカイへの浮ついた感情。感染者が現れた直後の沖縄に行く予定があり、海外からの便はいくつも欠航になるなど不安は多少あったが、それでも予定通り進んだ。2月下旬のライブ(黒木渚)も運良く自粛ムードが漂う少し前に開催され、千人のファンと空間を共にした。

 街では仰々しいマスクをつける人が目立つようになっていたが、メディアでの報道と比して僕の警戒心は薄かった。僕の周りも似たような感じで、それをひとえに肉体の若さゆえだと解釈していた。なんなら、あの黒く仮面のように厳めしいタイプのマスクには不快感さえ抱いていた。見慣れない異物に対するごく一般的な感情と、報道に踊らされて過度に警戒するような主体性のない態度を軽蔑する感情だったかもしれない。

 コロナウイルスによる悪影響全般に対しては、個人的な事情は関係なく悲痛な感情を持っていた。観光業界などへのダイレクトな経済打撃、シングルマザー家庭の子守り問題に、特に心を痛めていた。しかし、自分事にはなりようがなかった。強いて言えば、祖母の状況が多少気にかかるぐらいのものだった。

 バイト先ではマスクの着用と体温測定が義務付けられたが、うっかりマスクをつけ忘れかけることもあり、「社会」のためというより「規則」のためという意識が上回る状態だった。社会的なことなどつゆも考えていなかったかもしれない。もし自分が潜在的な感染者であり、街を出歩けば撒き散らすことがあったら、という想像も及ばなかった。報道では「○○県で初の感染者」という変な知識欲をくすぐるようなものにしか目が向かず、何より世界各国と比べて東京は運が良いのだと思っていた。これらはすべて、第二次の波が来る以前のことだった。

 

 この3日間で事態は急転した。第二波がこの国の首都を襲いかかってきたのだ。途端に我が身に降りかかってきた感覚だ。わかりやす過ぎるところでいえば、政府の言いつけを守って外出を控えるべきなのかどうか、という問いを突き付けられた。明白に指示されているのは今週末だけだから、今週末の土日だけ家にいればいいのか、それとも仕事の義務もない僕みたいな人間はそれ以外の日もおとなしくした方がいいのか。結局遊びの誘いは断ることにしたが、今こうして文章を書いているのは大学の図書館だ。僕は自分の欲求を満たすために本を借りに来たのだ。週末に備えて。ついでにバイトで小金を稼ぎにも行くのだ。

 コロナが席巻する社会への僕の態度がこんなにも切実なものに急転したことは、他人に言われずともあまりに馬鹿げていた。Absurdだった。これには「三島由紀夫vs東大全共闘」という映画を何の気なしに観てしまったことも大いに影響している。僕の政治本能が煥発し始めたのだ。すぐに関連書籍を二冊読み、矢も楯もたまらずに今日も本を借りに来た。手をこまねいているばかりで冷めた視線を送り、心中でたぎっている諸々を燻らせている自分が恥ずかしくなった。

 

 「個人的なことは政治的なことである(personal is political)」というのはフェミニズムの有名な標語だが、べつにフェミニズムに限った話ではない。どんな些細な個人的な体験や感情であっても、必然的に政治性を帯びていると思う(極化すれば陰謀論になってしまうのだろうが)。現代思想や芸術がそういう「とるにたらないもの」に目を向け肯定するようになってきたのも、インターネット社会の肌感覚とつじつまが合う。文化は時代を先行する。

 いまのタイムラインは、すべてのツイートが政治的なものに見えてきてしまう。それを僕は否定しないし、悲観もしない。意図したものであれそうでないものであれ、蔑みや嘲り、煽りを排除したものであれば、素直な感情や意見は発露していくべきではないかと思ったのだ。

 正直、昨今のツイッターには食傷気味の人も多いだろう。話題はいつも限られていて(ジェンダーとかナショナリズムとか)、何か人目に付く現象があればみんなが一言居士ぶりを発揮する。東浩紀は『一般意志2.0』で、これからのSNSがリベラル・ユートピアリチャード・ローティ)の実現に寄与する展望を描く冒険的な企てを行ったが、数年して自分の見立ては誤りだったと総括することになった。何でも気軽に発信できる時代だからこそ、何かを発信すること、何かを「言う」ことの価値が問われ、「ちゃんと言う」ことの意義が見直される。

 僕は人々の「見せかけの怒り」ともいうべきお気持ち表明に欺瞞を感じていた。最近は、国民に蔓延していた政治的シニシズムは払拭されたかのように、有名人やインフルエンサーの政治的発言が目立つようになった印象を受ける。一方で投票率は低下の一途をたどる。「政治意識があることを示す」パフォーマンスが価値を持つようになり、ネット有名人が自分の地歩を固めるために行うようになっているのではないかという穿った見方を自分はしてしまう(もっとも、そのような価値の転換が起こっている背景を考えれば、好ましいことだと言えるのだが)。要するに、ある種のコードに乗っているのである。本物の怒りではない、見せかけの怒りを駆使することで。

 しかしこの、本物と偽物を審美する第三者の態度は、もっとも非難されてしかるべきなのだろう。だから僕は反射的にそう感じてしまう自分がものすごく恥ずかしいし、だから僕は懺悔したい。個人的なことは政治的なことである。"

 

 

 コロナ渦に関してというより、人々の政治行動(民主主義)について感じることを感情的に発露したに過ぎない(続きも書こうとしていたのだが果てしなさすぎて断念した)のだが、一カ月の時を経て読み返してみると、「正しい」「正しくない」という基準を差し置いて、その時感じていたことの歴史的記録として意味があると思ったので、公開することにした。多くの人が言っているが、一カ月前や二カ月前に書いたもの、創ったものの意味合いがすでに大きく変わってしまった(否定的ではく)ということがある。これだけ短期的なスパンで。

 

 ツイッターで注目されている内田樹のインタビュー記事について。

blog.tatsuru.com

 

 すでに読まれた方も多いと思うが、「最後の民主主義を遂行する「大人」であれ!」という節から引用する。

「コロナ以後」の日本で民主主義を守るためには、私たち一人ひとりが「大人」に、でき得るならば「紳士」にならなけらばならない。私はそう思います。

 

 僕が言えればいいなと思っていたことは、まさしくこの箇所に集約されている。自分は「大人」としてどう振舞えばいいのか、という日常生活に常に付き纏う問いが一挙に前景化したのがこのタイミングであったし、"大人の対応"だけで済ませてよいのかというある種の(自分を大いに含めた)知的エリートへの疑念が、「紳士」にならなければならないのではないか、という倫理であった。 

 知識も技術も教養も乏しい自分が今できることは何もないのだが、いずれ上の記事のように「ちゃんと言う」ことができる人間になりたいという野望だけは一丁前にある。そのために今は閉じこもって勉強をすればいいのだと思う。鬱々として気が塞ぐこともあるが、希望を絶やさず、生きていこう。