クジラの日々(前編)

 

「今日あなたが無駄に過ごした一日は、昨日死んだ人がどうしても生きたかった一日である」

なんて強い言葉をぶつけられたら、返す言葉もないような一日を送っている。現在進行形なのは、今から文章に成形するナルシシズムなどクソの役にも立たないことを知っているからだ。

 

 今日も留年に一歩近づいた。どんな一日か、簡単に振り返るとしよう。

 まず昨日は、部屋にこもってレポートを書こうとしていた。一向に筆は進まなかったものの、何とか締め切り当日、23:59に提出することには成功した。その達成感と安堵に包まれて眠ればよかったものを、なぜか消化不良感が脳を占拠していた。自分はこんなものしか書けないのかと、ひどく失望した。この先もレポートを書いていけるという展望が見えなくなった。つまるところ卒業できない。気分が沈んだら浄化せねばならない。明日はムンク展にでも行こうと思いつき、3時ごろ就寝した。

 6時間睡眠で目が覚め、若干の物足りなさとせっかく早く起きれたのだから時間を有効活用したい気持ちがせめぎ合い、どっちつかずでダラダラしていた。いつものことだ。布団から起き上がるまで1時間はかかる。まして冬がどんどん近づいている。これから一層、長丁場の戦いを強いられることになろう。そう思うといっそ冬眠してしまいたい。

 シャワーを浴びて風呂場から出ると、思いのほか寒くて弱った。せっかく早く起きれたのだから時間を有効活用したい気持ちだったが、ゆっくり身体を温めることこそ最も有効な時間の使い方ではないか、と思うことにして湯を張り、若干のぼせながらkindle(アプリの方)で読書した。贅沢なひとときを終えると、幸福感と錯覚するような優しい熱圏に僕はいて、下着のまま布団に潜り込んだ。直に肌に触れる布団はひんやりと冷たく、ほてった肉体と健全な中和反応を起こしてくれる。

 もうそれだけですっかり憂さは晴れており、わざわざ両手を頬に当て絶叫する男の図などを眺めに行く気にはならなかった。 不意に自分が空腹であることに気付く。毎度のことながら家に手頃な食材はない。冷蔵庫にはマヨネーズと焼き肉のタレが無造作に配置されているだけである(それを食事としてしまう猛者もいるのだろうが)。4限には早すぎるが食事のために登校することを決めた。貧困家庭の子どもにとっては学校給食が重要な役割を占めているという話が頭に浮かんだ。だから学校がなくなる夏休み、そういう子たちの栄養状態を特に気にかけなければならないという。

 

 今日の気温に適した服装を吟味しすぎたせいか、回避できるはずだった昼休みにバッティングしようとしていた。僕は予定を変更し、駅と大学の中間にあるサイゼリヤでランチを摂ることにした。ほうれん草のパスタ、フォカッツァ、スープにサラダがついて税込500円。ドリンクバーもつけて610円。決して高くはないが、安くないのもまた事実だ。空きっ腹にコンソメスープ。空腹とは不思議なもので、たかがスープ、それも具無しのものであっても必死に吸い込もうとする。気付けば3杯おかわりしていた。

 ほどなくサラダ、パスタとフォカッツァが順番に運ばれ、またしてもkindleで読書をしつつ食事をした。どう考えても効率は良くならないのだが、わざわざ食事中も読書をしているとなんとなく様になるというか、読書家気取りの雰囲気に酔いしれることができるからそうするのだ。食事にすら集中できないなんてどうかしていると思うのだが、見渡せばこれが現代流というものらしい。

 ランチのあとはちょっとシエスタ、もう体が自動化されていて、辺り構わず突っ伏して休息をとる。この一週間は忙しかったからか(当人比)、起きた時には4限が始まる目前だった。なんだか萎えてしまい、急げばかろうじて間に合うにもかかわらず、動こうとはできなかった。寝起きの頭にグループワークは厳しいものがある。いや、そうでなくてもここ一週間でCP(コミュニケーション・ポイント)は使い果たしていた。僕は何でもパラメータで数値化する妙な癖がある。やけになって再び目覚めると短針は3と4の間、長針は6の付近を指していた。留年の可能性が頭をもたげる。

15:30 スケジュールアプリを開き、これまで欠席した回数を注意深く数える。そもそも休講だった回がないかとメールボックスも確認する。淡い期待は簡単に打ち砕かれる。

15:40 今日は休んでも大丈夫だが、これ以上休むと危うくペース的には完全にアウト。せっかく大学のすぐ側にいるのだから出席しないのは馬鹿らしい。この期に及んで迷い始める。

15:45 授業開始から50分が経過。教室に着く頃には授業の半分が終わってしまっているだろう。これで出席と言い張る根性はない。やはり今日のところは諦めるしかない。

すっかり気が抜けてしまった。たちまち陰鬱な気分になっていった。せめてドリンクバーの元を取ろうと、コーヒーとコンソメスープを見境なく放り込んだ。腹を壊した。

 踏んだり蹴ったりだ。

 

 本音を言うと、どちらかといえば留年はしてもいいと思っている。4年で卒業というペースは、歩みの遅い僕には端から無理な話だったのだ。浪人したのもそういう事情だし、通っていた高校は3年間の授業内容を2年で終わらせるようなエリート校で、卒業した時点で実質1浪と言われる(冗談じゃなく本当に先生が言うのだ)ほどだったから、僕は2浪して東大に入ったことになる。僕が経済的に独立していれば打つ手はあるが、まだまだ両親に頼りっぱなしの身分、自分の意思(単なる怠惰って?)で決められるものではないのだ。母親は理想を僕に押し付けるきらいがあり、どうしても東大に行ってほしいようだったし(実際来れた)、僕の交際相手にも口を出してくる(昔の話だが)。

 おまけに神経症気質で、僕ら兄弟が悪さをするたび、「今でも薬飲んでるんやからね」が口癖だった。以前、留年という言葉をちらつかせただけで、その可能性が0であることを丁寧に論証する羽目になったほどだ。そんな母親だから、僕が実際に留年したらどうなることか想像もしたくない。まさに彼女譲りの神経症気質で、僕は留年の危機に瀕しているのであるが。

 

 ともかく今日のことは取り返しがつかない。

 

 

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