東大入っても品性は養われなかったイキリオタクの懺悔

捉えどころのない生の苦しみの中を、ユーモアと哲学で颯爽と駆け抜けていきたい。一介の冴えない大学生。

アキレスと亀 

 

あなたはアキレスと亀を知っているか。

 

そう、かの有名なゼノンのパラドックスの一つ。

 

アキレスは永遠に亀に追いつけない。瞬足を履いてどれだけ早く走ろうと、ウサギのように怠けることなく走り続けようと。なぜなら、亀が元いた場所にアキレスが着いた時、亀もまた移動しているからだ。どれだけ繰り返しても、亀はいつもアキレスの先へ進んでいる。

 

数学を学んだ人ならおかしいことはすぐ指摘できるし、説得されそうになっても算数の計算をすれば絶対に追いつくことはわかる。

ていうか、スピードに差があって追いつけないわけないじゃない、と誰でも直感的に思うよね。あなたは『逃走中』に出て、ハンターから逃げきれると思うの?

 

いま僕がしたいのは数学や論理学の話じゃないので、これについては皆さんが納得するまで考えてくれればいい。

 

……

 

自己肯定感というものを考えていた時、アキレスと亀の話が浮かんできた。

最近の僕は自己肯定感が低い。著しく低い。ここ一年ぐらいかな。

別に自分に自信がないというのではない。現状はともかくとして、これからに関しては自信、少なくとも希望、野心を持っている。こうして生きてるわけだし。

 

問題は自己肯定感どうこうじゃないかもしれない。使い勝手がいいからそういったけど、もっと、生に関する根源的な、何か。

 

僕の理想(僕´)はいつも僕の前にいて、いずれそこへ辿り着けたとて、そのころには僕´もさらに先へ進んでいる。僕が努力を続けて着実に前へ前へと進んでも、僕´には追い付けない。理想はどんどん高くなって、いつまでも満たされることがない。

 

まさしくアキレスと亀だと思った。

 

これはパラドックスじゃない。誰もが抱えるアポリア

現実として、認識する限りそこにある。

いくら早く走ろうと追いつけないんだから、解決策はないに等しい。

精神が枯れ、歩みを止めた時までは。

 

価値というものには真正面から立ち向かいたく思っている僕でも、

どうしたって崇高な自分を求めてしまう。美には抗えない。

生きるための必要条件。生きているということは、それがあるということ。

仕方ないから、受け入れる。

 

受け入れるから、しんどい。

 

アキレスには、ほとほとあきれるよ。