東大入っても品性は養われなかったイキリオタクの懺悔

捉えどころのない生の苦しみの中を、ユーモアと哲学で颯爽と駆け抜けていきたい。一介の冴えない大学生。

俳優に憧れる(憧れシリーズ2)

少々長いですが、お付き合いください。俳優になりたいという話ではありません。

 

今年に入り、ぼちぼち映画を観ている。ほとんど最近の邦画で、評論ほどの高尚なことは全くできないのだが、観て楽しむ分には自由だ。ちなみに今年映画館で観たのは『勝手にふるえてろ』『リバーズ・エッジ 』『娼年』『アイスと雨音』の4作。7月には押見修造原作の『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』の実写化があり、今から楽しみだ。そして、今まで注目したことのなかった俳優という職業に、憧れに近い感情を抱いていると思うようになった。

本当に笑ってしまうぐらい単純な話で、続けて観た作品に同じ俳優が出演していて、それぞれ全く別の役柄を演じていること。そのことが、与えられた役を演じるのに徹することができるという俳優の特権に気づかせた。これは僕なりの歪んだ解釈かもしれない、が。

そもそも、僕は「キャラ」という概念があまり好きではない。そのくせ陽キャ陰キャと節操なく口にしてしまう点は反省したい。誰しも一言では片付けられない特徴を持っているものだし、集団の均衡を保つために、期待される役割通りに振る舞うということがどうにも息苦しい。キャラなり立ち位置なりが、集団の結成には必ず伴う。それもあって、僕はあまり集団に属するのが得意でない。自分の果たすべき役割を見出すのが苦手だし、まして与えられたくもないのだ。常に素の自分でいたいという夢みるボーイなのである。

人生を有利にするために、不穏を巻き起こすことがないように、人はあらゆる局面で、演じることが求められる。言いたくもないセリフを発し、したくもない行動を取らなければならない。本格的に社会に出ればなおのことだろう。よく考えなくともそうしなければならないのはわかるが、腑に落としたくない。本当の自分を殺すのが、気持ち悪くて仕方ない。人生をつつがなく進ませるためだけに、というところがポイントだ。もちろん他者への思いやりの気持ちが内から湧き上がって演じるのは問題ないと思っているし、極力そうするべきだ。

ややこしい書き方をしてきたが、大事なのは「うまく生きるためだけに」「自分を殺して」「集団の中で自分が果たすべき役割を察知して」「その通りに振る舞う」ことが気持ち悪くてできないということだ。

 

 

俳優はどうだろうか。演ずべき役が与えられ、徹底してその役を演じることが求められる。自分を捨てて、その役に没入する。もちろん俳優一人一人には味があって大切な要素なのだが、役からはみ出さない範囲で感じ取れるものだ。変な言い方をすると、割り切って役を演じられるわけだ。それが仕事であり、自分がやりたいことだから。

僕は、割り切れない。まず、うまく生きるということが嫌いだ。うまく生きることが自分のしたい生き方なら問題ないし、否定する気もない。けど、うまく生きることで得られるものは全て虚しいと思っている。これは僕の人生観だ。「うまく生きる」の解釈は各人に委ねたい。一方の俳優はというと、自分で選び取った生き方だ。俳優になりたいから俳優になったはずだ。演技が好きだからその道を選んだはずだ。はなからスターになることが目的だったとしたらまた話は別だが、この点でうまく生きるとは異なる。

次に、自分を殺すという点に関して。日常生活での僕らは自己主張したい気持ちを抑えて、嫌々自分を殺している。本当に嫌々ね。俳優は演技において、思い通りに振る舞いたいという気持ちは持たないだろう。もちろん個性を反映させたい思いはあるだろうが(そもそも、なければ芸術とはなんなのかという話になる)、演ずべき役に個人のパーソナリティーを塗りたくりたいとは思わないだろう。さっきも言ったが、俳優という職業を自分で選び取っているのだから。

そして三番目、集団の中で自分が果たすべき役割を察知すること。自分に客観的な評価を下さないといけない。勉強みたいに偏差値で客観視できる項目はほとんどないから、本当に"察さ"ないといけない。これはとても難しく、心理的負担も大きい。僕は評価が高かれ低かれ、自分で自分を見積もるというのが恥ずかしくて堪らない。それが物凄い勘違いだったらという不安もある。(かといって、他人に下される評価も嫌いだが。高ければ驕ってしまう危険があり、低ければ辛くなるだけだ。)自分というものは真に知り得ないところに魅力があると思うし、暫定的なものでも評価は自己を破壊しそうで怖い。俳優にそのような察知は必要ない。だって元々脚本の段階で決められているのだから。

 

 

要は、僕が日常生活で「演じる」ことに抱く気持ち悪さが、俳優には存在しないのだ。だから憧れるのだ。「演じる」「演技」という言葉から負のイメージを取り除いてしまいたい。

決して、俳優になりたいというのではない。自分以外の人間になってみたいのではなく、むしろ自分にしかなりたくないと思い、俳優に憧れという感情を抱いたのである。この一見矛盾する感情、わかっていただけるだろうか。