憂鬱の散髪

(前のブログを受けて正気に戻った俺)それでも、生きてるだけで試合終了が近づいてくるのって恐怖ですよね。厳密にはある行為が寿命を延ばす一方で、ある行為が死を一気に近づけてるんだろうけど。そんな機械みたいにできてないか。

生きることについて考えだすときりがないし、霧が晴れることもないから、視野を広げて別のものを見た方がいい。

何が言いたいかって、前髪が鬱陶しくなってきた。

 

憂鬱の散髪。

昔から散髪が苦手だ。小学生のとき、髪を切った翌日に学校で「頭切った?」と言われるのが嫌だった。しょうもない、いじわるな質問に付き合うのが嫌だった。いつしか面倒だから「お前は首を切ったらどうだ?」と答えるようになっていた。そんな最悪な返しをしてしまうぐらい嫌だった。友達を十人は失った。

あと、自分が他人に見られていることを実感するのが嫌だった。髪の長さが変わっただけでそんなに気が付くものなのか、とショックだった。当時は人から注目されたくなかった。まだイキリオタクになる前のこと。

中学生になると、少し見た目を気にするようになった。いつから近所の床屋に行くのをやめたかはっきり覚えてないが、おそらくこの頃。ただ髪型についての知識を何も持ちあわせていないから、要望を聞かれても長め、短めぐらいしか答えられず、恥ずかしかった。自分ごときが美容院に行っているということ自体も恥ずかしかった。先にコンタクトにするべきだった。

高校生になると、散髪する前にはネットで髪型に関する情報を集めたりしだした。「男 高校生 髪型」などと検索するとホットペーパービューティーとかまとめサイトが出てきて、気に入った髪型を見つけたりした。勇気を出して美容師さんに写真を見せたりして、自分の理想に近づけてもらうようにした。でも皆が経験済みだと思うけど、イメージ通りにはいかない。第一ああいうカタログは一流の美容師がパーマとかカラーとかにまでこだわって作り上げてるもので、カットだけではどうしようもない。本当にその髪型にしたければ、掲載されている店に行って諸々オプションを付ける必要がある。

あと肝心なのが、自分の顔面は変えられないという圧倒的な事実である。そもそもカタログの髪型自体、モデルの顔がいいかどうかでほとんどの印象が決まってくる。そういうわけで、美容院に行くのは無駄に緊張するうえ、満足感もそこまで得られないという愚行なのだった。浪人期までは4カ月髪を切ってないとかざらで、しばしば髪の量がヤバイことになっていた。

大学生になるとさらにわけがわからない理由で散髪が憂鬱になった。美容師と会話を成立させなければならないプレッシャー。大学生だと言うと自身の大学生活を振り返ってだろうか、色々な質問をしてきてくれるのだが、思った通りに答えていたんじゃ変わり者だと思われてしまう。サークル何やってるの、と聞かれてペタンク、じゃあんまりでしょ。ペタンクについて説明したって、それ面白いんですか?(笑)と呆れられるのが関の山だ。最近旅行しましたと言うと、誰とどこへ行ったのか聞かれる。一人で佐賀へ、なんて答えたらやっぱり怪訝な顔をされてしまう。

噛み合わない会話をおそるおそるするぐらいなら、違う自分を演じた方がいいんじゃないかと思うようになった。だからサークルは適当にテニスだとか、そしたらテニスの話題になってナダル強いですよね、など無難な話に持っていけるし、友達もいて充実した大学生活を送ってる感じを出す。彼女がいるとか言っちゃうと恥ずかしいからそこは触れない。こうすれば当たり障りのない会話ができ、お互い気まずい思いもしなくて済む。

これで問題は解決、かと思われたのだが、一つ不安が生じた。次に同じ店に行ったとき、前回の人物設定を覚えていられるのだろうか?と。向こうは絶対覚えてないだろうし、杞憂に過ぎないはずなのだが、ずっと通うとなると厄介かもしれない。ましてどうしても通いたくなるほど気に入ることもない。だから、毎回店を変えるようになった。人間関係を構築するのが苦手な俺らしい、妙な習慣。旅行前に空港で慌てて散髪したこともあれば、札幌のど真ん中の店を訪れたこともある。

これはずっとそうなのだが、髪が伸びてくると次こそはイメチェンしてみようかと思ったりもするのだが、なかなか勇気が出ない。髪を染めたこともない。大学に入ってから染髪禁止の本屋でバイトしていたので仕方ない部分もあるのだが、9月で辞めたのでもはや障害はない。 ただ、こだわればその分お金がかかるし、いい感じの状態って続いてもせいぜい二週間だと思うから躊躇う。似合うかもわからないし、博打したくはない。これが保守派のイカ東だ。

ただ久々に友人に会ったりすると、必ずといっていいほど「変わらないね」と言われるので、別に悪いことではないのだが微妙な気持ちになる。次は遊んでみようという気になる。アンビバレンス。

以上を踏まえて、今まさに迷っている渦中である。イメチェンするか、しないか。先延ばしにしても鬱陶しさの度合いが単調増加するだけなので、来週中には切りたいと思って二週間ぐらい経つ。ここまでつらつら書いたはいいけど、結局僕は後者を選ぶという確信がある。伸びきった前髪の隙間からでも、その未来はくっきり見えている。