東大入っても品性は養われなかったイキリオタクの懺悔

日々のツイートの希釈 頑張って生きまっしょい

恐怖のグルディス

グループディスカッションーー。

最近ではグルディスやGDと略され、専ら会社の採用試験に用いられる。

ある者にとっては格好のイキリ舞台、ある者には息もできないほどの緊張感、絶望感を抱かせる、アレだ。

もっとも、しばらくは就活に無縁だろう自分はその意識の高そうな名前を忌み嫌い、また無関係な存在だと思っていた。

それが今日、突如として自分の身に降りかかってきたのだ。

不幸はいつだって、音も立てずやってくる。

 

今日の4限、教職科目の教育と社会での一幕だ。

教授の「今からグループに分かれてもらいます」の無慈悲な声が、教室に響く。

元来、グループ・集団という単位が苦手な自分。

小学校の修学旅行ではどのグループにも自分から入ることができず、じゃんけんで決められた恥辱の過去。

瞬間、逃げ出そうと思った。

自分にとって、単位などさしたる問題ではない。

「捨てる単位あれば拾う単位あり」

これだけを信じて1年半の大学生活を乗り越えてきた。

しかし、教室のドアが前方にしかないという悲劇。最後列に座っていた自分からは、その10mが遠かった。ボルトなら1秒で走れる距離なのに。

絶望と言うほかない。

感情を喪い、気が付いたら自分は3人の男女に囲まれていた。どうやら自分と同じ境遇らしい。

集団に馴染むことができなかった人たち。このメンバーなら大丈夫だ。

僕は勇気を振り絞って話し始めた。表情の変化を感じ取った仲間は、絶妙な相槌を打ってくれる。

自身の学校体験を振り返って共有し、共通点や相違点を紙にまとめるという課題が与えられていたが、そんなことは関係なく談笑を続けた。

そしてチャイムが鳴り、机の上には白紙のA4用紙だけ。

僕たちは一言、殴り書きをした。

 

君が代は歌わない」

 

(この話は実話を元にしたフィクションです)