東大入っても品性は養われなかったイキリオタクの懺悔

捉えどころのない生の苦しみの中を、ユーモアと哲学で颯爽と駆け抜けていきたい。一介の冴えない大学生。

This life will be stopping at Tokyo

 三年前の春、私は新幹線に乗っていとも簡単に上京を果たした。上京というといかにも田舎者が東京へ出てきた感じがするから、単なる引っ越しといった方が差し支えないような気がするのだが、一応単身で乗り込んできたのだ。大学進学に合わせて一人暮らしを始めるのだった。かつて東京に住んでいた経験もあって都会育ちを自負していたが、初めてまともに見る渋谷のスクランブルと109の派手な看板は私をワクワクさせた。東京に来た、と思えた。その時は人が多すぎるなどとは思わなかった。立派な希望が自然に沸き起こってきた。

 新居の扉を開けたとき、「今日から俺の城だ」という一度言ってみたかった台詞を言ってみた。いったん扉を閉じ、再び開けた。もう私の城だった。まだ私の趣味に侵食される以前の、清潔な姿だった。万が一たまり場になると嫌なので、大学からは少し離れた位置にした。当初は友人を招き入れるのすら強い抵抗があった。なぜというと単純な話で、本棚を見られるのが嫌だった。もちろん本棚以外もあまり見せたくなかったが、本棚を晒すことは内面を曝け出すことに等しいので、できれば避けたかった。結果として密な人間関係は築かなかったため仮に学校の真横に住んでいてもたまり場になることはなかったし、本棚の中身をしげしげと眺める奴はそういなかった。

 そもそも東大を志望した理由は三つあって、一に日本で最難関の大学であること、二に進振りという制度があること、三に東京で一人暮らしをしたいということ……であった。いわゆる学校のお勉強ぐらいしか能がなかったから、せめて受験という分野においては上に行きたいと思うのは自然であった。進振りというのは入学時に学部や学科を決めなくていいというゆとり制度で、己の将来像について真剣に考えることを放棄した自分には都合がよかった。将来に何の展望もなかった私が唯一持っていた希望は、東京で一人暮らしを始めることで抑圧していた人間性を解放すること。ルネサンスの綴りがRenaissanceだということを無意味に覚えた。

 

 東京での暮らしは現に楽しい。渋谷や新宿は大したことなかったが、大学界隈の昔からの東京は気に入っている。私が行きたいイベントはほとんど東京で行われるし、面白い店や施設がたくさんある。日本人のいないコンビニや各駅にある日高屋にはすっかり慣れた。乗換案内に頼るあまり地下鉄の路線は全然覚えきれていない。深夜に徘徊することが人間性の解放とはさすがに言い難いが、好きな時間に家を飛び出せるのは自由で楽しい。もちろん朝は誰も起こしてくれないから単位を取りこぼす。

 一方で孤独は深まっていく。実家にいれば最低限の会話は発生するところを、一人暮らしでは全く言葉を発さない日もあり得る。それも結構頻繁に。だからついついネットに依存する。風呂でスマホを弄るのは行き過ぎた効率主義と孤独の深化という自覚を持つべきである。私の陰鬱な性質は何ら変わりないのに、ツイッターの世界は様変わりした。自分が他人から注目されているか否かが数字でわかり、日夜ツイート・コンテストが繰り広げられている。孤独を慰めるばかりか、かえって孤独を強く実感する世界になった。町へ出ても同じだ。世界で一番孤独なのは、なぜか人ごみの中にある。ライブやスポーツ観戦で大勢のファンが一体になる、あの感覚が私はすごく好きだが、縁もゆかりもない人の群れに足止めを食らうと、自分の存在意義を疑うようになる。数字以上のインパクトが東京にはある。

 陰鬱だから将来の展望が開けないのか、将来の展望が開けないから陰鬱なのか。展望が開けないのは己の怠惰、元来の無能に起因し、陰鬱あるいは厭世もとい厭"生"、も源流は同じだ、多分。だからせいぜい努力するしかないのだが、一度陰鬱の沼に嵌まると簡単に抜け出せないのは誰でもわかるでしょう? これほど何の力にもならない継続はない、と思う。メンタルを改善しようとしたとて、馬鹿の耳に自己啓発本である。ちなみに無秩序な読書によって高校生の頃に出会いたかった文章を知れるのは幽かな救いで、同時にかつての視野狭窄を少し恨む。

 

 東京に来てから三年が経った。私は二十二歳だ。遥か昔の人生設計ではこの春から社会人になっている。リアルの私は三年生として春を迎えることにした。すなわち留年することにした。もう一年、色々なことを考える時間がほしかった。三年間の実績を二年間でのものと見做すことで、大学生活の生産性を1.5倍にしたかった。陰鬱に溶かした時期を悔いた。取り戻すことをしたかった。思い出作りをしようと思った。

 人並みに就活をすれば人並みに内定を得られる自信はあったが、ドラフト指名が確実な有望選手が大学進学を選ぶような感覚で、私は就職志望届の提出を見送った。もう少し真っ当な人間になってから社会に貢献したいと思っている。いや、社会に貢献なんて殊勝な意思はよもやあるまい。自分に少しは納得できるようになっていたいというだけだ。神様、私に努力を教えてください。私が金の斧を落としたのは、陰鬱の泉だったのでしょうか。

 

P.S. 明日は故郷に帰っている入学当初の友人に、二年半ぶりに会う。

 

阿呆リズム

真実

世の中に真実というものは存在しない。ただ善意と悪意、或は好意と悪意の二つが存在するだけである。

 

男女の友情

男女間の友情は畢竟成立する。成立しないのは、片方がそれを友情と見做したくない場合だけである。

 

純潔

男性は女性の純潔を愛するが、まさに純潔を愛するが故に、純潔な女性を真に愛することができない。

 

ツイート

全てのツイートには何らかの意図が具わっている。その意図に思い至ったが最後、ツイートすることはできなくなる。

 

インスタ

算数を毛嫌いしていた少女が、今では立派にある種の数字を数え、稼ぐための計算をし、その数を競い合っている。

 

発言

誰が言ったかで踊らされるようではいけない。しかし、誰が言ったかを明示しないことは一層愚かである。

 

品性

自己を偽らず、他人を傷つけない態度である。学歴との相関が薄いことは数少ない救いである。

 

個人

高々世界人口の75億分の一である。しかし、人が一生に処理できる人数の限界である。

 

自意識

人間が浸かりきっているぬるま湯である。ひとたび調子に乗れば、溺れて終局を迎えることもある。

 

論理

専ら自己を正当化するための飯事である。

 

メタ

醜悪ないたちごっこである。

 

価値

求めれば自ずと縮減する。

 

自己主張

一生で行使するのは、UNOにおけるワイルドカードの回数ぐらいでよい。

 

時間

所詮人間が生み出した概念に過ぎず、意味などはない。などと思っている間にも流れゆく不条理な概念である。

 

芸術

精神にとっての健康診断である。

 

才能

その数に対して、見出す側の数が圧倒的に足りていない。

 

東京

人が居住し過ぎだと誰もが思っている。しかし人が集まり過ぎているが故に、誰も動くことができない。

 

言葉

知ったが最後、翻弄されるまでである。いっそ翻弄されるなら、翻弄され尽くすがよい。

 

 

Now loading……

 

メランコリックムンク

 今日は上野の東京都美術館で開催中のムンク展へ行ってきた。実は前日もムンクを見るため上野へ向ったのだが、30分待ちという苛酷な状況を知って断念したのだった。代わりに訪ねた周辺の黒田美術館(残念ながら『湖畔』の展示期間ではなかった)、そして東京藝大内の美術館は全て無料で楽しめ、また素晴らしかった。特に美術教育研究室の人々が作品を持ち寄った「美術教育の森」は、絵画から彫刻から書から果ては絵本まで、非常に多様な作品を一堂に見えられ、表現における個性というものに改めて生命の価値を感じた。

 昼食は大学の食堂でとった。生協の運営によるものではなく本当に昔ながらの街の食堂という趣で、日替わり定食は480円と東京では破格だった。奇抜な髪色の学生が目立つかと思いきやそんなこともなく、我が大学の面々と外見上の大差はないようだ。東京藝大の入試倍率が桁違いという話は聞いたことがあるが、どんな内容なのかは知らない。指定の課題作品を提出し、一通りの技術を得ているかが問われるのだろうか。大学生活では皆が思い思いに作品制作に没頭するものと勝手に想像していたが、考えれば理論や歴史など美術のアカデミックな部分を軸に学ぶ学生もいるのだろう。ここではドロップアウトすらも、れっきとした一つの道なのかもしれない。

 僕はどんな分野でも創作家という存在に強く憧れており、生まれ変わったら芸大や美大でキャンパスライフを送ってみたいと思った。でも生まれ変わらなくても、例えば30代で仕事をやめて美大に入り直す、という選択も全く有り得ない訳ではないのだ。僕は人間には実はあまり違いがなく、どのような生き方を選び取るかだけでほとんどの事柄が決まっていくんじゃないかと考えることがある。誰しも表現したい何かぐらい、内に秘めているだろうし。
 

 それが前日で、今日はピークを避けて閉館の2時間程前に入れるようにしたのだが、まさか夜まで開いている日だとは思わなかった。僕の目論見は外れ人の入りが収まる気配はない。天気は良かったが外でじっとしていられるような季節ではないから、観念して40分待ちの列に並ぶことにした。さながら体育館での全校集会だった。別に待つのは退屈ではない。よくラーメン屋等の行列に並ぶ人の神経がわからないと殊更に主張する人がいるが、僕にはその人の神経がわからない。本でも読んでいればあっという間ではないか。生産性や効率の体系なんかで生活を閉じたくない。案の定、退屈する暇もなく展示室へと足を踏み入れることができた。

 ムンクといえばやはり『叫び』。というかその他の作品が一つも浮かばなかった。展示は9つの章に分かれ、初めは生涯を通じて描かれ続けた自画像、残りは概ね年代順に配置されていた。メランコリーと題された絵に棲む浜辺の青年の陰鬱な表情を、自らが専ら浮かべるそれと比べてみた。そっくりだと思った。

 

 階を上がりいよいよメインディッシュの叫びがある部屋。ここで、この絵にまつわるやや不可解な思い出を語りたい。小学校の図工で彫刻刀を使った作品作りをしたのだが、指定された彫る図版の一つに叫びがあったのだ。他の選択肢も全て名画であれば納得するが、確かどれも小学生に相応しい安穏とした風景のようなもので、叫びだけが異端だった。僕は迷わずそれを選んだ気がする。完成した代物は持ち前の不器用さとのシナジーで、この世の終わりを見事に表していた。発狂してムンクの絵を切り刻んだかのような出来栄えだった。何より教室に数多もの叫びが鎮座する光景が恐ろしかった。

 ちょっとした感慨に耽っていざ相対せん、と思ったが、その部屋だけは交通規制がなされていた。叫びを間近で見るための特設通路が設置されており、立ち止まってじっくり見たい人は通路の後ろから見るようになっていた。ほんの一瞬だけなのに、それでも叫びを最前列で見るという経験がしたいがために通路を並ぶたくさんの人々。一度部屋を出て引き返した僕も結局その列に加わった。何かアトラクションを待っているかのような高揚感、緊張感があった。

 折角の絵もそこそこに進まざるを得ない前方を見やると、何かの光景に似てるな、と直観した。そうだ、これはアイドルの握手会だ。そこではこちらに言葉を発する余裕はない程の速度で、すぐ"剥がし"に追いやられてしまう。さすがに美術館に剥がしはいなかったが、一定のペースで立ち止まらずお進みください、というスタッフのアナウンスが止むことはなかった。よくも同じセリフを延々と発せるものだと感心した。自分の番も同じで、大地の旋律(戦慄)を想像する間合いもなくあっという間に叫びとの面会は終わった。

 通路を抜け後方に回ると、通路外の人々が一斉に身を乗り出しせめぎ合い、必死に叫びとの距離を縮めようとしていた。あくまで通路には入り込まないように。それを見て、これは握手会ではないな、と思った。言うなればそう、活躍したスポーツ選手が海外から帰国し、空港でファンや報道陣に出迎えられるシーンだ。ピースがハマった感じがした。なんとも静謐な美術館とは似つかないイメージだった。

 

 東京にいるとどうにも人間の価値が薄れてしまう気がする。だってこれだけ人がいて、さらに僕がいる必要などあるのだろうか。展示室を出た直後の僕は、少しメランコリーな気分になっていた。

 メランコリックムンクの絵の力のせいだと信じたい。

古いアルバムめくり

 一人暮らしを経験すると、実家の煩わしさから解放されるとともに、有り難さにも気づくようになる。えらく機能的・実利的な考えになってしまうが、何をせずとも無料で食事が提供されるというのは大きすぎる。どうせ外へ出ても寒いだけなのだし、布団に篭って好きなように過ごし、腹が減ったらリビングへ向かえばいい。しばらく実家暮らしも悪くないと思う。バイトなど一生せずとも生きていけるだろう。実際は二週間もすれば飽き飽きしてくるのだろうが。

 帰省するとつい手に取ってしまうのが、過去にまつわる記録の類である。数字が大好きな自分は小学校時代からの模試の成績表を保管しているし、自分の文章力が着実に伸びてきた足跡を確かめることもできる。一方で高校の卒業アルバムというものは、あまり面白味のないものであった。僕が過ごした高校は中高一貫の男子校である。そのため中学版は存在せず、とそれだけならいいのだが、お察しのとおり男の顔しか載っていないわけである。一般に卒アルというものは、かつて特別な感情を抱いた異性を、甘い思い出とともにしかと眺め、その成否はともかく、確かな青春時代を築いてきたことを確認、安堵するためのものである。それが、僕の勉強机の本棚に無造作に立てかけられているものについてはどうだろう。開いたとて何らかの感傷が喚起される可能性はないに等しいのである。ときめきだけでなく後悔であっても、この際なんだって構わない。どんな青春小説より個人的な価値があるのが、高校の卒業アルバムであったはずだ。

 まさか十年前、小学六年生の自分が己の将来にまで考えを及ばせ、偏差値の高い男子校ではなく真っ当な人間性を育むに違いない共学校を選択するほどの用意周到さは持ち合わせていなかったのだから、仕方ない。そうとはいえ、塾で教わった受験に必要な知識以外には限りなく無知、純粋無垢な少年を欺き、どう足掻こうと少女の微笑みを垣間見ることなどできない特殊装置へと送り込むのはあまりにも無慈悲で、残酷な仕打ちだ。男女別学など到底有り得ないと僕は思うのだが、同じ試練を乗り越えてきた者に自分の息子にも同じ道を歩ませるのかと尋ねてみると、肯定的な意見を聞くことがある。高々顔の造形の二分の一を自分と共有する息子にだけいっぱしの青春を勝ち取らせるわけにはいかないというのである。恐ろしい憎悪、青春コンプレックスである。

 どういう風の吹き回しか、重量感があるだけで無味乾燥な例の書を繙く運びとなった。自分の顔が配置されたページを開くのはこの上なく恥ずかしい。僕の高校のアルバムは、写真・氏名の下に二十文字程度で自由にコメントを載せられる仕組みになっており、黒歴史製造に余念がない一定程度の同輩は、各々渾身の大喜利を披露していた。個人的なベスト3(といっても全員分を確認したわけではない)を発表しておくと、第3位「(1996-2035)」、第2位「古いアルバムめくり こいつ誰やってつぶやいた」、第1位「は常に前を向いている」といった具合である。

 所感も添えておくと、第3位は肖像を利用したdescriptionとしてはベタなものなのだが、2035年という年次設定が巧妙に思われた。彼は数学を偏愛する奴で、大学も特色入試で数学科へ進学したのだが、そんな才気溢れる人間に相応しい若齢で一生を完結させようという企みは、自分の才能と他者からの評価を存分に弁えた上での模範解答である。おまけに、数学界のノーベル賞と称されるフィールズ賞という数学の賞があるのだが、受賞できるのは傑出した業績をあげた"40歳以下"の数学者に制限されており、この規定をも念頭に置いていたのかもしれない。第2位は夏川りみの名曲をアレンジした、非常に明快でキャッチーなフレーズ。シンプルに笑えるし、シンプルにうまい。卒アルに寄すという特性をしっかり踏まえ、おまけに高校名(一応伏せる)を活用したダジャレになっている。第1位「は常に前を向いている」は、インスタントな理解は困難かもしれない。実際にアルバムを見れば一目瞭然なのだが、写真・氏名と渾然一体の、世紀の合作である。つまりは「○○○○は常に前を向いている」という文章が完成し、その通り前を向いている自身の写真の下に添えられるのである。お見事というほかない。さらに口を開いて歯を見せ、目を飛び出さんばかりに輝かせたスマイルも躍動感、生命力に満ち満ちてその生き様を正確に映し出しているようである。全てが計算された作品といって相違ない。

 と、開いてみると我が校の卒アルもなかなか面白いものではないか。 一方の僕自身は、失笑せざるを得ない代物であった。まず、表情がおかしい。澄ました顔を意識しようとして失敗したのか、単に写真撮影に不慣れなのが露呈したのか、鼻の下が伸び切り、さながら笑いを堪えているようである。さらにシャツのボタンが外れている。スクリプトは「─書いた、愛した、卒業した─」。スタンダールの遺言で墓に刻まれた"SCRISSE, AMO, VISSE"を踏まえての言葉であるが、別段思い入れがあるわけでもなく、単に聞き齧りの薀蓄に代弁させただけのことである。何の信念も持たず、聞こえのいい小洒落た言葉を以て六年間を装飾しようとする態度は、あくまで自分らしいといえば間違いないのだが。

 しかし今考えてみると、この言葉を選んで悪くなかった気がしてくる。みんなの秀逸な集大成を見て、ストイックに大喜利をしておけばよかったという後悔もチラッと浮かんだが、当時と今では状況が違う。以前、「人間は恋と革命のために生れて来たのだ」について書いたが、"SCRISSE, AMO, VISSE"も同類ではないのか。ペンは剣よりも強い。革命には言論が必要だ。恋だけで終わってよいのか。恋愛へと飛躍させよ。

 人生に必要なものは数少ないと、最近の僕は思う。

我の生涯の最鬱の年

来年は、何でもいいから何か出来るようになりたい。「経験」という甘ったるい言葉を突き抜けてくる何かを求めて邁進したい。

 

上の文章を見て既視感を抱いた方は、僕の後援会会長にでも就任なさるとよいかと思います。

こちら、昨年の12/30に投稿した最終記事の最終段落の引用でございます。めちゃくちゃ殊勝なことを言っているように見えますが、見せかけです。張子の虎です。

今年も別に、何か出来るようになったことはございません。プロ野球の成績でいえば、二軍で.243 3 28 OPS.653ぐらいの一年でした。伝える気がありませんね。

もっとも一年というスパンは壮大なものでして、振り返ろうとしたところで、大抵は直近の出来事に引っ張られてしまうわけです。そうでなくても、今年の漢字は「鬱」で満場一致だったわけですが。オールシーズンということです。

春は、鬱。夏は、鬱。秋は、鬱。冬は、鬱。もう清少納言が正しくは何と書いたのかさえ思い出せません。春は曙太郎、夏は住野よる、秋はユーグレナ、冬は該当者なし、みたいな感じだったでしょうか。

ともかく2年連続6度目(2011〜13,15,17〜18)の受賞となった鬱でございます。「無」や「滞」も毎年候補に挙がるのですが、やはり一字のインパクトで鬱の右に出るものはいないということになります。

というわけで(どういうわけでしょう)過去の華々しい受賞年を一挙振り返ることにしましょう。終わった頃には平成という時代が浮き彫りになっていることでしょう。

 

2011年。夏の大会で部活を引退しました。もっとも僕は出場していないので、何の思い入れも、思い残しもありませんでした。暇になったのでバンドを始めたかったのですが、うちの軽音楽部は予めバンドを結成していかないといけないシステムでした。それまで友達と音楽の話などしたことがありませんでしたから、当然入部しない運びとなりました。元いた部活がなくなったことで、友達と過ごす時間が必然的に減りました。そうして徐々に、鬱という言葉が身近になっていったのです。この年、15歳で初受賞。それまでの僕はただの中二病を患ったキモオタ少年でしたから、鬱に足る繊細な精神などは持ち合わせていなかったということです。

 

2012年。年が変わって急に友達ができるはずもないので、相変わらずの日々です。中学(中高一貫校でしたが形式上行われるのです)の卒業式では多くの生徒が式後に写真を撮ったり、カラオケに行ったりする中、一人で家に帰りました。家に帰って布団に倒れ込み、当時はまだ廃れていなかったmixiで非公開の日記を書きました。内容は想像に易いはずです。この年は4年ぶりに女の子と喋ったという点でのみ、進展がありました。希望はありませんでした。忘れていたけど、全く英語が話せないのにイギリスへ行きました。それだけは、人生で一二を争うほど楽しかったです。

 

2013年。前年の末からだった気もしますが、勢い止まらず、ときたまSNSにポエムを投稿するようになりました。そういう意味で、今の自分の原型が形作られた年だったといえるでしょう。阿部真央の『17歳の唄』を聴いて号泣していました。ここに来て、中学の初めから所属していた別の部活(文化部)に熱を上げるようになりました。他校の仲間や後輩とよく喋るようになりました。それでも放課後は、一人で梅田のタワレコや本屋、ゲーセンをうろついたり、アイドルのフリーライブに行ったりするという冴えない青春でした。仮に一人でなければ、やっていることは同じでも中身は違ったでしょう。夏真っ盛り、女の子と二人で甲子園を観に行きました。当時の服装を今でも思い出せそうです。

 

2014年。3年連続の受賞がストップしました。原因は受験です。受験といえば鬱に拍車をかけるイメージがあるかと思いますが、裏腹にやらなければならないことがあると生活は充実するようになります。共通の目標があると連帯も生まれます。この年は学校にも塾にも居場所のようなものがありました。友達と林修の授業を切って、はるばる神戸の奥地まででんぱ組.incのライブに行きました。翌年に入りますが、塾のメンバーと初詣にも行きました。

 

2015年。勉強はあまりしていなかったので、第一志望に滑りました。勉強に関してだけはポテンシャルがあると思い込んでいたので、初めての挫折といえそうです。二次試験から不合格発表まで、飛行機の魔の11分間ならぬ魔の11日間を過ごす羽目になりました。自室は精神病棟と化していました。予備校に入ってからは成績に問題はありませんでしたが、突如として襲いかかる浪人生特有のプレッシャーに、度々圧迫されていました。模試の憂さを晴らしに、京都のマグリット展に足を運んだのがよい思い出です。帰りにデカ盛り皿うどんで有名な店で昼食を摂りました。あることがきっかけで予備校の掲示板で不当に叩かれ、人の底を見た気がしました。

 

2016年。第一志望を譲りませんでした。万が一を考えて、合格発表はトイレで見ました。東京暮らしは初めてではありませんでしたが、一人暮らしは当然初めてです。この年、生きている実感をようやく得られました。Twitterをする時間が格段に減り(ポエムは相変わらずでしたが)、単位もまだ取得できていました。

 

2017年。大学も2年目を迎えると、もうどうでもよくなってきたりします。いや、普通の人はしないと思いますが。秋口からが顕著で、第一志望だった学科の授業がどうしようもなく、というより開講されていませんでした。そもそも、通学定期券を購入しませんでした。行っても意味がない、と思ってしまったのです。別のキャンパスの方で積み残した単位を回収するためにだけ、外出していました。ブログを始めました。似たテイストの記事が続くのは、この時期の精神状態の判りやすい鏡です。魔の11日間ばりに無為な時間が過ぎ去るのを堪えるばかりでした。

 

2018年。いよいよ今年です。少し長めに振り返りましょう。1月はピースボートに乗ろうと本気で考えました。作家になりたいと思って文学賞について調べもしました。ちなみに両者ともそれっきりです。レポートは一つたりとも提出せず、物の見事に全て落単しました。2,3月は旅行の期間だけ異常に生気がみなぎり、その他の期間は無聊を慰めていました。たまに思い出したように展覧会に行きました。4月は初心に帰って学問を究めようと思い、教育学の本などに手を出しました。この後も読書習慣は続いたので、一定の成果はありました。7月に夏学期が終わるまで、授業には相変わらず出席できませんでしたが、特定の授業では賞賛されました。8,9月は未踏の都道府県を踏破することを目標に、2回の一人旅を敢行しました。10月からは進路について思い悩み始めました。これまでの人生は既定路線を歩んできたため、どうすればよいのか全くわかりません。たちまち鬱の渦に呑まれます。3ヶ月連続で鬱選手が月間MVPを受賞します。これまでの組織に縛られない生き方は、所属感の無さが鬱を誘発することもありますが、総じて気ままで楽といえば楽なのです。僕は「楽しい」より「楽」を好むタイプのようです。あるいは楽しいことなら一人で作り出すのが比較的得意です。就活は一切していません。自分がこの先どうなるか皆目見当つきませんが、生きている限りはいずれのタイミングにおいても生活が存在するわけで、だったらその都度それで納得するしかないのかもしれません。

 

ちなみに今は何をしているかというと、紀勢本線に乗ってまさに三重と和歌山の県境を通過しました。スーパーの袋を抱えた人が目立つのは、この地域の買い物事情を露わにしているのでしょうか。業務用スーパーで爆買いし終えた国籍不詳の4人組は、このためだけに往復二時間以上も電車に揺られたのでしょうか。確かに生活が存在しています。車窓からの景色はすっかり暗くなりました。一日が終わりを迎え、今年も静かに幕を閉じようとしています。

 

虚無ソーヤの暴言

浮遊

 

自由を装っている 

僕は不自由だった

 

人間は自由という刑に処されている

存在と無において 

サルトルはそう云った

ならば僕はサルトルを 

読まなければならない

苦肉の策で

執行猶予を作り出した

目的は思想を奪い 

狭隘は心臓を鳴らす

 

光が終わった午前四時 

インクは闇に吸い上げられ

自由という底に沈んでいく

幻覚を形作る煙は 

いつまで浮遊するのだろう 

 

喉が渇いた 

冬を殺そう

 

I pretend to be free, but actually l know I am not. 

 

Sartre said,

humans have been sentenced to punishment of freedom, 

on the book 'Being and Nothingness".

That's why I must read it.

That's how I managed to regain my life.

Ends should deprive philosophy, and hearts could beat only in the narrow box.

 

At four o'clock, lights went.

Letters were absorbed in the darkness.

I started falling down to the bottom of infinity.

How long would smoke, which seems to be imaginary, keep floating?

 

I got thursty, so I would kill this winter.

2018年に読んだ本10選

 こんばんは、ゆうひんと申します。以後お見知りおきください。明日から冬眠に入るので、少し早いですが「今年読んだ本10選」を紹介したいと思います。10選といってもベスト・セレクションではなく、読んだ時期、ジャンル、知名度、紹介しやすさなどのバランスを考慮して選びました。誰も僕が読んだ本なんかに興味ないかもしれませんが、こういう名も分からぬ一般人が紹介しているものの中から、一生ものが見つかることだってあると思いますよ。

 それではどうぞ!

 

1.(評論)希望難民ご一行様 ─ピースボートと「承認の共同体」幻想─ / 古市憲寿

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 こういう怪しげなポスター、町を歩いたことがある人ならば(つまり全員)見たことあるのではないだろうか? マジでどこに行っても貼っている、クソ田舎であっても。ピースボート(あの辻元清美氏が創設の中心人物)という団体主催のこの世界一周クルーズ自体はちゃんと行われていて、最低価格だと本当に99万+αで行くことができる。しかも、このポスターを街中に貼りまくることで参加費が減額されるボランティア・スタッフという制度があって、街中やたらめったら貼られているのはこういうカラクリなわけだ。全額免除になることを「全クリ」というんだとか。

 前置きが長くなったが、本の紹介へ移るとしよう。この本は数年前にメディアでよく見かけた若手の社会学者・古市憲寿が、フィールドワークとして実際にピースボートに乗船した経験を元に「若者」を考察したもの。ルポルタージュとしても読める。

 社会学的な考察は目新しいものではなかったが、若者の旅の歴史やピースボートの内実などが詳細に書かれており、面白かった。自分が「承認の共同体」を求めているに過ぎないことに気付かされ、猛烈に反省した。「9条ダンス」というワードが気になった人は是非。

 

 

2.(小説)ミュージック・ブレス・ユー!! / 津村記久子

 津村記久子は『ポトスライムの舟』で2009年の芥川賞を受賞した、僕の好きな作家の一人。ちなみに『ポトスライムの舟』は冴えない契約社員が「世界一周クルーズ」乗船を夢見て貯金していく様を描いている。

 さて本作だが、主人公は高校三年生のオケタニアザミ。勉強はできず将来の進路も未定、親友のチユキらとグダグダな日常を送っている。そんなアザミにとって何よりも大切なのは音楽。バンドをやったり、聴いたアルバムのデータを逐一Excelファイルに記録したり、海外で暮らす音楽好きのアミーと文通をしたり。

 グダグダでも後から振り返れば愛おしい青春の日々、というのが僕は大好きである。さらにこの小説の主人公は、音楽が大好き。バカでかいヘッドホンをして、誰とも挨拶をせず、気怠げに始業間際の教室に入っていた僕の高校時代を思い出して、痛々しくも懐かしくなった。ラストの二行が本当に秀逸で、感情がこみあげてくる。

 

3.(エッセイ)にょっ記 / 穂村弘

 現代短歌の第一人者として知られる穂村弘のエッセイ。といっても普通のエッセイの体裁とはやや異なり、パスタのニョッキをもじったタイトルからも分かる通り、日記形式で書かれている。4月1日から3月31日までoftenぐらいの頻度で、短いものだと2,3行のものまで。

 現実と空想の境界が絶妙で、日常に天使を探したくなる。穂村氏の女性人気も納得。寝る前にちまちま読むのがいいです。きっと穏やかな、いい眠りにつけるはず。僕もこんな日記を書いて小学校の担任を驚かせたりしてみたかった。

 

4.(小説)送り火 / 高橋弘希 

 こちらは今年上半期の芥川賞受賞作。今回紹介する中では、唯一今年刊行された本。

 舞台は青森の山間部、主人公は東京から越してきた中学三年生の歩。これまで何度か転校を経験してきた歩は周囲を観察し分析するのが得意で、今回もうまくクラスに溶け込めたつもりで過ごしていた。そう、あの夏、川へ火を流す日までは──。

 歩、リーダー格の晃、いじめられっ子の稔の3人が物語の中心。この構図や経過は既視感があり、ラストも急展開だと思ったが、一貫してじんわりとした緊張感が張り付いた文体は美しく、よもや軽くホラーだった。田舎、そして思春期特有のやり場のない息苦しさが伝わってくる。それぞれの少年に潜む残酷性に向き合わされる一冊だった。

 

5.(評論)哲学入門 / 戸田山和久

 戸田山和久は大学生必携『論文の教室』の著者として知られている。東大の哲学科出身で、専門は科学哲学。「哲学概論」という授業の参考文献リストの一番上にいたので、手に取ってみた。

 哲学「入門」と謳っているが、いわゆる哲学の入門書とは異なる。哲学史の概説ではないということだ。つまりデカルトもカントもニーチェも登場しない。この本は、意味、機能、情報、表象、目的、自由、道徳という「ありそでなさそでやっぱりあるもの」を探求する。これらの概念が唯物論的世界観(世界は全て原子から成り立っており、科学で説明可能である)の中にいかにして描かれるのか、そのパフォーマンスを見せてくれる。哲学するとはどういうことかを教えてくれるという意味での入門書である。

 新書で450ページほどあるので分厚さに気圧されるが、内容は非常に明快、ロジカルで知的好奇心を刺激し続けてくれるため、僕でも読破できた。特に哲学を学んでいるというわけではないが、人生の意味だとか哲学っぽいことをあれこれ考えるのが好きな人には格好の本。

 

6.(ノンフィクション)スローカーブを、もう一球 / 山際淳司

 スポーツ・ノンフィクション不朽の名作にして、金字塔的作品。出来事自体が名高い『江夏の21球』をはじめ、野球を題材にしたものが4編、その他スポーツが4編。それぞれの主人公となる実在の人物は、江夏を除いてWikipediaに記事があるかないかぐらいの認知度で、(その実績とは裏腹に)決して華々しい選手生活を送ったわけではない。日本スカッシュ界の英雄や、突如ボートでオリンピック出場を目指し始めてしまう、東海大学に通う普通の学生。彼らだからこその物語が収められている。

 丹念な取材に基づいた緻密な描写はさること、ここぞの場面で登場する人生の核心を突くようなフレーズが緩急をつけ、詩的な表現も実に巧妙である。スポーツ・ノンフィクションとはこうも色鮮やかに書けるものかと、本当に感服した。特にお気に入りの一節を引きたい。

使い古しの、すっかり薄く丸くなってしまった石鹸を見て、ちょっと待ってくれという気分になってみたりすることが、多分、だれにでもあるはずだ。日々、こすられ削られていくうちに、新しくフレッシュであった時の姿はみるみる失われていく。まるで──と、そこで思ってもいい。これじゃまるで自分のようではないか、と。(「たった一人のオリンピック」より)

 

7.(評論・エッセイ・詩歌)書を捨てよ、町へ出よう / 寺山修司

 今年は寺山が亡くなって35年になる。特別展や上映イベントが開催され、にわかに盛り上がりを見せた年だった。寺山がどういう人物か、一言で言い表すのは難しい。職業・寺山修司を自称し、歌人シナリオライター、劇作家、映画監督、評論家、作詞家など、60年代を中心に八面六臂の活躍を見せた、伝説的なマルチクリエイターである。

 この本はどう説明したらいいのか、本当にわからない。裏表紙には「本を読み疲れた貴方を楽しい空想の世界に導いてくれるバツグンに面白い本でない本!」とある。野球や競馬、賭博、歌謡曲、男女、サラリーマン、不良、家出、自殺など様々なテーマが書かれ、全国の少年少女から募った詩も多数掲載。僕が寺山のファンになった本で、寺山のエッセンスが詰まっていると思う。こんなにも無秩序な本は初めてだった。

 

8.(小説)次の町まで、きみはどんな歌をうたうの? / 柴崎友香

 町へ出たらば、歌をうたおう。僕がタイトルに一目惚れした本書は、表題作と『エブリバディ・ラブズ・サンシャイン』の二編から成っている。

 『次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?』は、友人カップルがディズニーランドへ向かう車に、男二人が理由をこじつけて同乗するという青春物語。主人公はカップルのどちらかではなく、友人の一人・望の視点で語られる。実は、彼はカップルの女の子に想いを寄せているのだが──。

 あらすじからエンタメ色が濃いものと想像していたが、良くも悪くも思い違いだった。設定がすごく魅力的に思えた分、ボリューム不足に感じたが、始めはイラついた望の人間性に段々惹かれていった。傍若無人な振る舞いを見せる彼は、芸術的才能に恵まれた繊細な心の持ち主。このようなキャラクターが一人称視点で描く小説は目新しかった。

 『エブリバディ・ラブズ・サンシャイン』は、失恋を機に睡眠病に陥り、半年間学校を休んでいる大学生の女の子が主人公。年が明け、彼女が学校に再び通い始めようとする様子を描いている。

 僕自身、2年の秋学期はおそらく孤独感が原因で、大学に行かない日々を過ごしていた。そんな事情もあり、面白くないはずがなかった。展開されるのは切ない恋模様。随所に登場する「戦うこと。眠らないこと。」というフレーズが脳裏に焼き付いた。眠らないことが戦いとは、文脈が無ければ絶対に理解することはできない。

 

9.(エッセイ)そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります / 川上未映子

 『乳と卵』『ヘヴン』などで有名な川上未映子の第一エッセイ集。まだ文壇デビューを果たす前、歌手時代にしたためていたブログ「純粋悲性批判」を纏めたもの。なんと136本ものエッセイが収録されている。

 彼女の持ち味はなんといってもその独特な文体。『乳と卵』では樋口一葉を彷彿とさせる文体で注目を集めたが、本作でもまさに怒涛という言葉が相応しい勢いで、文を区切らず延々と濃い関西弁を連ねていく。読めばひとたび、未映子色に染まること間違いなし。とりわけ『性の感受地帯、破竹のあはん』は全男児必見である、と個人的に思う。

 

10.(小説)赤頭巾ちゃん気をつけて / 庄司薫

 最後を飾るのは、60年代末という時代を反映した一作。作者と同名の主人公、日比谷高校三年生の庄司薫は、学生運動の煽りを受け、志望していた東大の入試が中止になるという悲劇に見舞われる。そんな彼の踏んだり蹴ったりなある一日を詳細に描く。

 薫くんは、動揺する社会のあらゆる人々、体制、風潮への底知れぬ反発心を抱えるも、自分の胸の内から完全に湧き上がるものがないことも自覚し、悶々と人当たりのいい外面を装っている。平成最後の年を生きる自分も、まさに同じ青年であった。

 また、物語そのものを別にしても、知性についての考察やインテリの三分類、国内随一の進学校だった日比谷高校の実情、女の子をものにできない男の子の心理など、作中で多くの分量が割かれた項目は、どれも深い洞察、感受に基づいた秀逸なものだった。特に大学生に薦めたい。

 

 以上です。解説が多くなってしまいました。皆さんも何かオススメがあればコメントください。ありがとうございました。